知り合いの蕎麦好きの人が、蕎麦は五感であじわうものだといっていました。私は蕎麦にたいして、あまり思い入れはなく、こだわりもありません。駅の蕎麦屋で満足できてしまうくらいのレベルです。

 蕎麦好きの方々には、自分の贔屓の店があるようで、いちばんおいしい蕎麦の基準が明確にあるのだと思います。五感であじわうというのも、基準になると思います。五感にひびくような蕎麦がおいしい蕎麦で、五感のどこにもひっかからなければ、それほどのものでもない、ということになりそうです。

 

 五感の一つ目は視覚です。蕎麦の見た目のことですが、長さや均一さが見るところになります。蕎麦の角が立っているのも重要だそうです。麺の切り口が、ピンッとしているほうが、鮮度がいいともいえるからです。

 

 蕎麦の長さや角が立っていることは、食べるときに関わってきます。蕎麦は音が出るくらいすすって食べるものです。このすするときの音が、五感のなかの聴覚にあたります。

 蕎麦が短ければすすりがいがないでしょうし、角が立っていることは、音の出具合につながるといえます。

 

 蕎麦の長さは、箸で持ったときの持ちやすさ、食べやすさにも関係します。蕎麦を箸で持ったときの感触を触感とします。

 盛りつけされた蕎麦を箸で持って運ぶ動作を『たぐる』といいます。たぐる動作に関しては、現実の蕎麦好きより落語家のほうがうまいかもしれません。

 

 落語では、扇子を箸に見立てて蕎麦をたぐり、威勢よくすすります。蕎麦がでてくる演目のときには、この『蕎麦をたぐる』ところが見せ場ともいえます。触感はほかにも、蕎麦にコシがあるとか、のどごし、歯ごたえなど食感のほうともからんできます。

 

 嗅覚は蕎麦の香りそのものです。口の中に入れたときに、蕎麦の豊かな香りが広がるのがいいものだと思います。すこし甘みがあるような独特な香りは、蕎麦の個性ですから、重要なポイントだといえます。香りは、蕎麦湯だとよくわかる気がします。

 

 最後は味覚です。蕎麦じたいは淡白な味ですが、しぜんの甘みやまろやかさがあります。しっかりとしたものではありませんが、うまみも感じることができます。

 蕎麦にはさわやかさのようなものもあるので、あまり味がしっかりしていると、逆に蕎麦らしさがないといえそうです。噛むごとに味が伝わる滋味が、蕎麦の持ち味なのです。とはいえ、江戸っ子は蕎麦を噛まないといいます。蕎麦は『のどで喰う』ものらしいです。