おもしろい揚げ物や、かわった天ぷらのアイデアをたずねると、かならずでてくるのがアイスの天ぷらです。アルバイトの20代前半の方も、アイスの天ぷらと言っていて、私は複雑な気持ちになりました。なぜかというと、アイスの天ぷらは、私が調理師になったころからいわれているものだからです。

 アイスの天ぷらという単語は、たぶん何百回と聞いてきた、古くからある化石のようなアイデアなのです。

 

 にもかかわらず、だれも作ったことがなく、見たことも食べたこともない、というのが、アイスの天ぷらのほんとうにおもしろいところです。もちろん、私も作ったことはありませんし、作っているところを見たことすらありません。

 「めずらしい天ぷら=アイスの天ぷら」というのは、多くの人に共有されているのですが、実物を見た人や食べたことがある人に出会ったことがないのです。アイスの天ぷらは、料理界の都市伝説だといっていいと思います。

 

 だれもが知っている、知名度だけは抜群のアイスの天ぷらですが、作ったことがない理由としては、失敗したときの損害が大きいからだといえます。

 高温の油の中に溶けやすいアイスを入れるのですから、どうなるかは想像がつきます。失敗したら、その油は即使用不可です。使えないだけでなく、そのあとの敗戦処理まで考えると、アイスの天ぷらへのチャレンジは、かなりの勇気と覚悟が必要です。

 

 それだけ苦労して出来たとしても、アイスの天ぷらの需要がどれだけあるかも問題です。仮にアイスの天ぷらが、ひとつ3000円とかで売れるのであれば、失敗するリスクがあっても商品化する価値があるかもしれません。

 しかし、ふつうのアイスを、ただ天ぷらにするだけですから、原価はたかが知れています。おもしろさ、めずらしさではダントツですが、それ以外の価値はないと思うのです。

 

 アイスの天ぷらへの興味は、多くの人がもっていると思います。いっぽうで、天ぷらはごはんといっしょに食べたいし、アイスはそのまま食べたほうがおいしいと、やはり多くの人が思っているのです。「アイスを天ぷらにしなくてもいいんじゃない?」ということです。

 

 アイスの天ぷらの作り方は、調べるといくらでもでてきます。みんな実際作っているので、都市伝説ではなかったようです。

 アイスの天ぷらは、アイスにそのまま天ぷら衣をつけるのではなく、パンやカステラを緩衝材にすればいいことがわかりました。

 凍らせたアイスを、パンやカステラで包んでから天ぷら衣をつけ、高温の油で短時間で揚げるといいようです。これなら失敗しないかも、と思い、作ってみようかと考えましたが、やっぱり作らない気がします。ウソはつけないので。