料理を作る仕事なので、試食や味見をすることが日常的にあります。自分で作る料理は当然ですが、他部署の厨房で作られた料理や、食品メーカー様から届けられる、新商品のサンプルなどもあり、さまざまな場面があります。

 どちらかといえば、試食や味見をすることは楽しいことです。ほかの調理師がどんな料理を作っているか興味がありますし、刺激をうけます。また、珍しい食材や新しい調理法を知る機会にもなるので、情報収集の場としても貴重だといえます。

 

 試食ですから、試食を提供した側には目的があります。目的とは、作った料理が、お客様に提供できる品質かどうか、人気商品になる可能性はどうか、など判断をしてもらうことです。

 ただの食事をしてもらうために作ったわけではないのですから、おいしいか、おいしくないか、だけを伝えるのでは意味がありません。おいしいのであれば、何がどのようにおいしいのか、おいしくなければ、どこを直せばいいのか、など、論理的な意見を伝えてあげることが大事です。

 

 料理の感想を伝えることは、意外にむずかしいことなのです。試食した料理がおいしかったとしたら、おいしかった理由を伝えないといけません。

 例としてあげると、素材の風味をよく引き出している、食感が良く、火の通し方が最高、食材の調理法がバラエティーに富んでいる、など、単語ではなく、文章でしっかりと伝えたほうが、試食を依頼した側もうれしいと思います。

 

 料理がおいしい場合は、どこがおいしいかを、素直に感じたままに伝えればいいので、かんたんです。これが、おいしくない料理であったときは困ります。

 おいしくない料理は、見た目からすでに、おいしくなさそう雰囲気があるものです。ですから、試食をお願いされたとき、一瞬、ひるみます。ひとくち食べて、おいしくないことを確信したら、なんと答えようか考えます。

 おいしくない料理をもってくるのは、新人や若手の方々が多いです。一言、おいしくない、とバッサリ言ってしまうと、たぶん、コンプライアンス違反です。作ってもってきてくれたことに感謝しつつ、おいしくないことを遠まわしに伝えなければなりません。

 

 私の場合は最初にほめます。ほめるというか、悪くない、というような否定の否定形で、一度受け入れます。一つ二つ良いところをいってから、直すところを伝えます。おいしくない料理の良いところとは、いまの季節に合う、とか、色合いがいい、とか、食べやすい、とか、味とは関係のない部分をいいます。

 テレビのレポーターが料理を食べて、食材の見た目や色合いだけをほめているときは、料理がおいしくないのだと思います。食材の価値そのものを、やたらとほめているときもアヤしいと思います。やさしい味、上品な味というときも、たぶん、おいしくないのだと想像します。

 ほんとうに、おいしいものを食べたときは、思わずしぜんに、おいしい、と口から出ますし、笑顔になります。試食のときは、ひと言で済んでしまう『おいしい』はNGワードだともいえます。しかし、おいしいものはおいしい、としか言いようがなく、おいしい以上のほめ言葉はない、と私は思います。