ホテルに就職して、はじめて厨房に入った日のことはなんとなく覚えています。いちばん最初に行った作業は、缶詰のフタを缶切りで開けることでした。缶切りを使うことは日常的なことであり、調理でもなんでもないのですが、とても緊張しながら開けた記憶があります。

 調理師学校に入学すると、研修があり、厨房を体験する機会もあります。調理師学校にも行かず、バイトなどもしていなかった私は、まったくの素人で、なにもわからないまま厨房という特殊な環境に入ってしまったのです。厨房に対して、とにかく怖いところ、のイメージしかもっていなかったので、ビビッてばかりでした。

 

 自分の包丁を持っていなかった私は、はじめのころ、先輩の包丁をお借りして作業をしていました。先輩と同じ道具を使っているのに、作業のスピードや出来ばえがまるでちがうことに驚き、すこし悲しくもなります。

 自分も先輩のように仕事ができるようになるのだろうかと、期待と不安が入り混じる感情は、若いとき特有のもので、なつかしい気がします。

 若いころにあこがれる仕事というと、肉や魚をさばくことや、ストーブに立って、フライパンを振ることなど、さまざまです。

 

 魚を手際よくさばく姿は、いかにも料理人という雰囲気があります。魚の下処理は、作業ごとにそれぞれ分かれて行います。ウロコを取るところからはじまり、魚をおろす人、腹骨を切り取る人、皮をひく人、中骨を抜く人、というように分かれます。

 作業を専門的に分担することで、時間のロスをなくします。時間のロスとは、いまの作業からつぎの作業に移るあいだのわずかな時間のことです。つねに同じ作業を続けていれば、べつな作業に移る時間が存在しません。そのあいだの時間が数秒だとしても、トータルで考えたら、何十分も短縮できることになります。

 

 魚の下処理の作業で、厨房に入ったばかりの人が担当するのは、骨抜きです。骨抜きの作業は、魚によって、やりやすい魚と、やりにくい魚があります。やりやすい魚は、タイやサーモン、アジ、サバ、などです。骨が大きく、丈夫なので、骨抜きでうまく抜くことができます。

 やりにくい魚で思い浮かぶのは、スズキです。スズキは、骨が細く、もろい気がします。骨抜きではさんで、抜こうとすると、骨が途中で切れてしまうのです。中骨が皮のちかくの血合いとくっついているようで、きれいに抜けることがあまりないように思われます。

 骨が途中で切れると、身の中に埋もれてしまいます。そのまま身の中に残しておくことはできないので、なんとかして取ろうとして、身をかきわけます。そうすると、身がこわれてしまいます。身がこわれると、見た目がよくないですし、うまみが逃げていくことにつながります。

 

 どうしても骨が取りづらいときは、包丁で切り取ってしまいます。中骨が並んでいる部分に沿ってV字型に切り込みを入れて、まとめて取ってしまうのです。骨といっしょに身もすこしなくなるので、その分、全体的に身がわれやすくなるのが難点です。

 スズキは背の部分に筋が一本、皮まで深く切れ込んでいます。そのため、切り込みが二か所入ることになり、見た目が悪くなるのは避けられません。

 できれば骨抜きで骨を抜きたいのですが、うまくできないうえに、時間がかかるのですから、メリットがあまりないともいえます。魚をあつかうことは、ほんとうにむずかしいと思います。