今日7月3日は
高松空襲慰霊祭
が毎年行われています。
高松空襲は昭和20年7月4日未明
の出来事。
うちの高松のお寺は空襲の被害を
逃れることのできたギリギリのライン上。
すぐ近くの旧街道沿いまでは当時から
商店や家が連なっていたので、
空襲で焼けてしまったそうです。![]()
当時小学生だった私の父は
おじいさんと一緒に空襲の中を
逃げていたそうです。
そのときにおじいさんが「伏せ!!」
と叫んだので地面に伏せたそうです。
父がおびえながら周りを見渡すと、
おじいさんは少し後ろで伏せてる。
怖いのでおじいさんの横まで
少しさがった瞬間、
ドスンッ!!
と目の前に焼夷弾を束ねていた
鉄板が突き刺さったそうです。![]()
1メートル下がってなければ、
その鉄板が体に突き刺さって
亡くなっていたでしょう。
1メートル下がってなければ
私は生まれてなかったでしょう。
そして今皆さんがこれを読む
こともなかったでしょう。
いつ空襲警報がなるかビクビク
せずに生活することができる。
夜中に逃げ惑う心配なくねむる
ことができる。
外に光が漏れる心配をせずに
電灯をつけることができる、
当時に比べると何と幸せなことでしょう。![]()
先日シベリアに抑留されていた人と
お話をする機会があったけど、
貴重な機会、時間が許すなら
もう少しお話を聞きたかったなぁと思います。
戦争の体験を語れる人も減ってきてる、
それでも語りついでいけないと思います。
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