おじゅっさんの日々

おじゅっさんの日々

高松市・真宗興正派大乗寺住職のブログ。
香川徳島をまたにかけて、何屋さんかわからないような
日々を奔走中!

毎日とてつもない暑さが続いています。晴れ

8月の言葉はこちらです。

 

人間はどこまでも身勝手。

ありがたいおもてなしも

迷惑に感じることすらある。

 

 せっかく先方が自分の為にもてなしてくれたお接待ショートケーキやプレゼントプレゼントも自分の意にそぐわないと「いらないなぁ。えー」と感じることがあります。本当にもったいないことです。もったいないことではありますが、自然とそんな気持ちが湧いてきてしまうんです。あせる

 

 お接待やプレゼントだけでなく、相手が好意や丁重なおもてなしの気持ちでしてくれていることも、自分の都合で迷惑に感じることもあります。

 

 当然相手の好意や丁重な気持ちに非はありません。ただただこちらが身勝手なだけです。汗

 

7月29日、一般社団法人雅楽協会主催の「こども雅楽ワークショップ」で、住職の所属するお坊さんの雅楽団体・和鳴会が講師を務めました。 

 

 テレビ番組のBGMやCMとかで聞いたことはあってもなかなか生で触れることのできない雅楽を聞いて、学んで、体験してもらいました。音譜

 現代の音楽とは全く違うし、体験といっても簡単に音が出せないものもあるしあせる、退屈するんじゃないかという心配もありましたが、終了後には「楽しかった!!」という感想をいただけて一安心です。ほっこり

 

 終了後にはこども雅楽ワークショップの特別ゲストで参加していた宮内庁式部職楽部、前首席楽長の多忠輝先生を講師に迎えての私たちの研修会。 翌30日にかけてみっちり勉強させていただきました。

 毎年盛夏晴れ恒例、帰省した同級生の実家の草刈りです。背丈を超える草が庭一面に生い茂った状態からスタート。驚き

 

 ようやく元の姿が見えるようになると、かつてお母さんがガーデニングをしていた跡が出現します。

 こちらはお父さんが今の我々ぐらいの年齢の時に急死されて、かつては月命日にもお参りに行っていました。数年たっていても、お母さんが「この庭いじりをしている時だけ悲しみを忘れらる。」悲しいと言っていた言葉を毎度思い出します。

 

 お経を読むわけではありませんが、年に一度お父さんお母さんを偲びながら、草むらの中から庭を発掘する作業、これも一つのおじゅっさんの仕事の形じゃないかなぁと思います。

サッカーW杯サッカー、決勝トーナメント初戦で敗退したものの、日本は強くなりましたね。

しかし、選手、代表チームとしてもここまでたくさんの負けを経験しながらこの強さを作りあげてきたことでしょう。

 

7月の言葉はこちら

どんな経験も

後に役立つこともある。

良し悪しは決められない。

 

失敗や災難の経験、それは辛く嫌な経験ではありますが、後にその経験があるから回避できたり、他人を助けることができることもあります。

 

過去は変えることはできませんが、「あれがあったからこそ」おねがいとなることもあります。そうなると失敗や災難も悪いこととは一概には言えませんよね。

 

 母校同窓会の徳島支部で2度目となる特別講演の機会をいただきました。なぜか、同窓生でもない家内も一緒に…。

 

 ここ最近自分の来し方を語る機会が続いていて、その度に改めて自分自身のことについて気づかされることがあります。ひらめき電球

 しかも今回は私の小中高、浪人、教育実習までともに歩んできた同級生が遠路大阪から参加してくれて、さらに来し方を振り返る機会となりました。うーん

 

 今回の講演でもお話しましたが、出来事は因果の法則の中でずーっとつながっているんですよね。そしてこれから先も先人が通ってきた人生の名所や、思いがけない景色につながっていく。船

 すでに活き活きと人生を歩まれている先輩方の前で僭越ながらそんなお話を歌をまじえてさせていただきました。

台風接近、心配ですね。梅雨も、もう目の前に来ているのかもしれません。6月の言葉はこちらです。

小さな恵みは

うれしいけれど

 大きな恵みには

 気づいてもいない。

 

 雨が降ってきて誰かが傘を貸してしてくれた。これはありがたいことですね。しかし、雨が降っている時に家の中で雨に濡れずに過ごすことができている。屋根があるってありがたいことだなぁとどれだけの人が思っていることでしょうか。

 

 

 私たちの生活はどれだけ守られて、あらゆるサービスを受けることができているのか、実際のところ実感はありませんね。いざ失ってみないとわからないのでしょう。

 大きければ大きいほど気づきにくいですが、私たちは大いなる恵みと救いの中で生活しているんです。

京都の本山興正寺で布教使養成研修が開催されました。こちらは将来本山公認の布教使として活躍してくれる人を養成する研修。私は専任講師として参加してまいりました。

 研修生と一緒に座学で学ぶことも勉強になるし、共に法話実習の内容を何度も何度も練りなおす作業、楽しかったです。研修生は楽しいどころか苦しかったでしょうけど。あせる

 

自分が仏教を学ぶことももちろん大切ですが、人にその内容を伝えるということはまた別のことのようです。これは今回私も気づかされたことです。布教のことを伝道ともいうように「仏教の道を伝える」この力を養成するのがこの研修の使命ということですね。

 

2年前に続き、数日にわたって一日中布教のことを考える楽しい時間でした。音譜

 

 

5月14日、15日とまたまた北海道に布教に行っておりました。よく北海道に赴いてはおりますが、雪のない季節に行くことはあまりありません。しかも今回は初めての北見・斜里といった道東エリアでした。
 

 北見と言えば玉ねぎ。ニコちょうど今が植え付け時期だそうです。

四国では玉ねぎの収穫時期なのに、真逆なんですね。リサイクル

 

そしてこちらは春の風景、どこに行ってもタンポポの群生が見られました。

朝は0℃近くになるし、昼間は四国と同じ暑さ晴れ、風景は春、半端なく大量に舞い飛ぶ白樺の花粉。やはり北国の春は四国とはずいぶんと違いました。

 ふとテレビから流れてきたドキュメンタリーで、AIが児童生徒の相談相手となる試みが紹介されていました。

 

「おいおい、えらい時代になったなぁ。」えー?と思ったのですが、これがなかなか良い相談相手となっているようです。

 

    なかなか言いにくいことを相談することもできるし、反論したり、意見することなく肯定的に聞いてくれる。その反応に納得いかなくても、言葉にうまくできなくても根気よく聞いてくれる。

そしてたとえAIと言えども「大丈夫。グッド!」と受け入れてくれることに励まされるそうです。

 

これって仏様やんビックリマーク

人間じゃないというところがミソなんだそうです。人だと「どう思われるだろう?不安」とか「知られたくないなぁ。予防」という気持ちが働くけどAIだから素直に気持ちを吐き出せる。仏様も人間ではありませんし、全てを受け入れてくれて、大丈夫と励ましてくれる〈はたらき〉です。

 

我々お坊さんは「人の相談を聞いてあげなくちゃ。」「力になってあげなくちゃ。」とついつい思ってしまいますが、それは思い上がり。あせる

 

相談を聞いてくれるのは仏様。力を与えてくれるのは仏様。

お坊さんは悩みを抱えている人に仏様を紹介するのが役割なんだと気づかされました。ひらめき電球

今月の言葉を貼り換えました。今月の言葉はこちら。

自分が正しいと 

 思えば思うほど

  視野は狭くなる

世の中の問題、子ども同士の喧嘩から、国と国との戦争まで多くのトラブルの原因は「自分は正しい」二重丸という気持ちです。それに相対して「相手は間違っている」バツブルーということになってきます。

これがちょっと緩まって「相手は間違っているかもしれない。」キョロキョロとなるとどうでしょう?それに相対するのは「私が間違ってるかもしれない。」ショボーンとなります。さらに「本当はどうなんだろう?」と答えを求める余白もでてきます。

「自分が正しい」プンプンという想いが強ければ強いほど、他の人の意見を聞き入れる余白もなくなってしまって、自分の考えだけが全てになってしまいます。そんな方、身近なところにもたくさんいるでしょ?
そうならないように気をつけないといけませんね。