
報恩講
親鸞聖人の命日法要です。
これからのシーズン、浄土真宗の
各お寺でこの報恩講が勤められます。

さて、今回の報恩講では
自称ブレイク中の音楽法話を
させていただきました。

いつも書いてるように音楽法要には
機材のセッティングが必要です。
いつもは機材を車に積み込んで
運んだり、限られた時間内で
セットしなくちゃいけないんだけど、

今回はその点では楽ちん。

フル装備のセットにしました。
でもリハーサルしてないので
音作りのミスはありましたけどね。

うちの報恩講ですが、
10年以上昔から比べると、
参詣者が倍増しているそうです。
今日もお参りしている人を
見ていると、初めてお参り
してくれた人もたくさんいます。
うちの檀家さんではあるけども、
お寺と檀家という立場以外の場所で
私とつながりができた人も
来てくれていました。

あそこに行ったから
という縁がここに繋がってるんですよね。
ちょうど今日のお話もそういうことでした。
今現在の出来事も縁が繋がって繋がって
今に至っている。
あの時あそこに行ったから、
あの時ああしていたから、
だから今がある
そして私が生まれてくる前提には
たーくさんのご先祖さまがいる。
遙か昔の一人でも欠けていたら
私は生まれていないでしょ?
今の私というのは縁によって
できているということです。
その縁というものを
にじのはし

と言う言葉にして作った歌を
今日も歌いました。
こちらでございます。
ビデオなので音が綺麗に入ってないけど、
雰囲気だけでも伝わりましたでしょうか?
世の中にはたくさんの人がいるけど、
その中で一生のうちに出会えるのは
ほんのひとつまみにも満たないぐらい。
縁あって出会えたということは
なんて素晴らしいことなんでしょう!
