みんな寝静まった深夜、一人で爪を切る。

 

足の爪は生きた年月を表すようにイビツになっているのがある。



両親が亡くなるまでは、深夜に爪を切るなどとは考えたこともなかった。


たしか、夜に爪を切ると親の死に目に会えない…と言われた言葉をずっと信じてきた。


鹿児島と埼玉に離れて暮らしていた私は、親の死に目に合えなかったらと思うのは辛い重しだった。



両親は、しかし誰もいない時間に息を引き取った。


母は、母を2年近く介護していた弟夫婦が、ちょっと用事で母の側を離れた時間に。


残された父は、1年7カ月頑張って生きた。

私が稲の刈り入れに帰郷した時は、「母ちゃんが生き返った」と私の姿を見て言った。

その父は、母といつもいた畑の小屋の中で、作業中に一人で亡くなっていた。


父の亡くなり方は天晴れ、だと思った。

亡くなるその時まで働いていたのだ。



私はそれまで夜に爪を切ることはタブーにして守ってきていたのだが、両親の死に目には会えなかった。



しかし、両親は姉弟の誰にも自分の死に目を見せなかった。誰か一人だけに…ということはなかった。

それは両親らしい思いやりのような気がしてならない。


両親の死は、逆に両親の生きざまを教えてくれた。


このように生きてこのように死ぬのだよ、と。




毎日手を合わせる両親の写真は、いつも私を笑顔にしてくれる。