依頼人の森口ゆかりは食品会社に勤めるOLだ。
ゆかりには妹がいる。小さい頃から仲のいい姉妹で地元の近所でも美人で仲のいい姉妹と少し有名だった。家族も皆仲良く、地元の有名料理店としても少し知られた家柄だった。そんな家庭で森口ゆかりと裕美は外見も内面も美しい女性に育っていった。大学進学を機に、先に東京に出てきたのはゆかりだった。そんなゆかりの東京行きを一番喜び、寂しがったのも裕美だった。出発前夜のこんな会話がふと思い出された。
『お姉ちゃんすごいね。東京の一流大学入って卒業したら一流企業入社だもんね。きっと!!!』
『まだ先のことすぎるよ。まだ大学はいってみなきゃわからないし。』
『あたしも再来年の受験は東京の大学受けようと思うんだ。』
『じゃあ二人でご飯いったり楽しいこといっぱいできるね。』
たわいもない姉妹の会話。こんな会話はもうすることはないのだろう。何故なれば先日妹は殺されてしまった。ゆかりはここ数日会社を休み葬儀の後も部屋に閉じこもりっきりでいる。友人の噂で連絡をしてみた私立探偵からは依頼を受けたと伝言はあったものの、その後一向に連絡が取れずにいた。
警察の捜査も全く進んでいないようでゆかりは妹を思うとひどく心が痛む日々を送っているのだった。
今日もう一度六本木のヘンリーティーハウスとか言う紅茶店に連絡いれてみよう。それでつながらなければあのバーに連絡を入れ、依頼を断ろうと心に決めていた。こちらの連絡先はバーの方に伝えておいたのにもかかわらず、一度も本人からの連絡がなく、依頼人を放っておくような無責任な人が腕利きの探偵のはずがないとゆかりは思った。昨日から全く寝ていない。少し疲れた彼女はベットに入りそのまま眠りに落ちた。
彼は光が丘にいた。ここは東京練馬区光が丘から少し南側にある住宅街。森口裕美殺害現場となったアパートだ。まず彼は近隣の聞き込みをすることにした。まず言い争う声を聞いたという本間家からにしようと彼は本間家を訪ねた。
呼び鈴を鳴らすと本間夫人らしき人が玄関から顔を出した。
『どちら様です?』
関西なまりのある標準語で彼の顔を見ると不振そうに問いかけてくる。
『私は先日前のアパートでおきました殺人事件を被害者遺族より依頼を受け調べています私立探偵です。いくつかお聞きしたいことがあるのですが。
『あぁ。あの事件のことなら警察の方に話してますけど。何か・・・・?』
『被害者発見の二日前に本間さんご家族がお聞きになった怒鳴り声ですが・・・・それは裕美さんのものだったのでしょうか?』
本間夫人は大きく首を降り答えた。
『いいえ。男の声でした。でも、多分裕美ちゃんに対していってたんだと思います。ちょっと自分がきれいだからって被害者ぶったり被害妄想抱くのもいい加減にしろみたいなことわめきながら訳の分からないことわめいてましたから。』
『なぜそれが被害者がいわれているとお思いで?』
『あそこのアパート、裕美ちゃんともう一人一階の一番奥の部屋以外みんな住人が男なんです。それにあのアパートで美人といったら裕美ちゃんだけだし、怒鳴り声もたまたま私が主人の書斎にクリーニング店から返ってきたスーツを戻しにいったときに聞いたものですから。裕美ちゃんの部屋はちょうど主人の書斎の真向かいなんです。もちろん主人もその時書斎でその怒鳴り声を聞いてましたし、私たち夫婦も驚きました。止めにいこうとも思ったのですが・・・・・・いいにくいのですが、向かいのアパート、裕美ちゃん以外はかなりかわった方々がお住まいなんです。』
『かわった方々と申しますと?』
『少し精神的におかしな感じとでもいうのかしら・・・・・。とにかくかわった人たちです。その中で裕美ちゃんだけが挨拶も明るくしてくれるし、休日はこの通りの掃除とかも手伝ってくれるから。本当にいい子でした。何度かお夕食にもお招きして主人や息子とも面識があるんですよ。』
『なるほど。申し訳ありませんが知っている範囲でかまいませんので向の住人の話をいくつか聞かせていただけませんか?』
彼は住宅街を光が丘方面に歩いていた。本間家をはじめ、近隣のいくつかの住人に現場のアパート住人の話を聞き終えた後だった。整理するとあのアパートには森口裕美を含め6人が住んでいるようだ。二階建ての建物で、二階には森口裕美ともう一人202号室に住む川田信也。そして一階住民は101の菊田一郎、102の阿久津仁、103の長尾弘、104の佐野夕子。まずはこの住人を徹底的に調べることが最重要事項だと彼は判断した。現場の場所やアパートの作り、事件発生と思われる時間から推理しても外部の者の犯行とはどうしても考えにくいと彼も読んだようである。
光が丘から大江戸線に乗り六本木へ向かう。車内は14時過ぎということもありがらんと空いていた。再度アパートの造りを確認する。外部に通じる通路は101号室の脇にある入り口のみで104号室まで廊下が続き、102と103号室の真ん中に二階へ上る階段がある。そして階段は204号室の前までのびており二階の廊下にはそこ以外出入りする入り口はない。強いて言えば、本間家の二階のご主人の書斎のある部屋のベランダから飛び移れるぐらいであろうか。
こんな袋小路のようなアパートで、しかもよる19時頃、外部の人間がすればアパート住人に目撃される恐れもあるし、近隣の目もあるだろう。
それに、アパートの前の駐輪場に無造作におかれたトヨタの白のマーク2。常識的に駐車禁止の場所に平然と車を停めれる人間が普通に暮らし回りの住人もどう思ってるかは分たないが平然としていられる。こんなアパートで唯一まともな生活を送る美優がトラブルに巻き込まれる可能性は確かに大きいような気もする。
そんなことを考えているうちに六本木駅に到着した。電車を降り、地上に出るための長いエスカレーターを上っていく。今日の彼の格好もこの街にあまり似つかわしくないオールドファッションで、スラックスパンツにブルーのシャツ、上にしろのニットを重ね、黒のだぶるコートを羽織り、いつもの大きなつばのハットをかぶっている。まさに周りには流されない彼らしいファッションだ。六本木駅からいつもの道を通りヘンリーティーハウスへと向かって歩いていく。今日は日が出ているせいか少し暖かい日中だった。彼はコートのボタンを開き歩調を速め紅茶店へ向かった。
店に入ると客は誰もおらずいつもの席に着く。美幸が席の向かいに腰をおろし神妙な顔で話し始めた。
『森口さんという方からお電話がありましたわ。依頼を受けてくださったことは聞きましたが、いっこうに連絡が無く大変不安を抱えた様子でしたわ。』
『そうでしたか。ちょうど今日連絡しようかと思っていたのですが。すみません美幸さん、少々お電話をお借りできますか?』
『もちろんです』
そういうと美幸は彼を店の奥へと案内した。アンティーク家具と、木目で統一された室内のチェストの上にこれもまたアンティークの陶器の電話がおいてある。その電話を手に取り彼は森口ゆかりの携帯電話の番号をダイアルした。
携帯の着信音で目を覚ましたゆかりは時計をみると15時を少し回った時間になっていた。4時間ほど眠っていたようだ。慌てて携帯電話の通話ボタンを押すと思いもよらない人物からの電話だった。
『どうも。今回ご依頼いただきました、私立探偵です。森口ゆかり様の携帯でよろしかったでしょうか?』
『は、はい。森口です。』
『ご依頼を受けましてから少々こちらも調べさせていただきました。一度お会いして詳しいこともお聞きしたいのですが、こちらとしてもいくつかの情報を得てからお会いした方がいいと思いますので、一週間僕に時間をいただけないでしょうか?』
『えぇ。かまいませんけど。今日ではだめなのですか・・・・?』
『これは僕の性分なのですが、全くの成果なしにご依頼主にお会いすることがしたくないのです。僕の悪い癖です。』
『はぁ・・・・・わ、わかりました。では一週間後にどちらにお伺いすれば?』
『一周間後のこの時間に、六本木のヘンリーティーハウスでお待ちください。窓際一番奥のテーブルで。』
『わかりました。』
ゆかりとしてもこの私立探偵が一週間後に姿を見せるのか少し不安なものもあったが、納得するしかなかった。
『では森口さん、一週間後にお会いしましょう。』
そういうとゆかりの携帯は通話が終わり、ツーツーという音が耳に入る。今はあの男を信じるしかない。名探偵と言われているあの男を。
森口ゆかりとの会話が終わり彼はもう一人に電話をする必要があった。電話をダイヤルしコール音が受話器から流れる。
『はい・・・・。』
しばらく呼び出すと男が電話に出た。
『どうも。僕です。今電話大丈夫ですか?』
『おぉっ、あんたかい?久しぶりだな。あんたから電話ってことはまた事件かい?』
彼の電話の相手はフリーで活躍するカメラマンのhideという男だ。
『ええ。事件です。殺人事件の捜査を依頼されています。そのことでhideさんと少々お話ししたいのですが、今晩スワンでいかがでしょう?』
『わかった。細かい内容はそのときに聞くわ!!!俺もこの後取材が入ってるからきるぜ。』
『お忙しいところ恐縮です。では後ほど。』
hideとの電話を終えると彼はもとの自分の席に戻っていった。
今日は日中は暖かかったが夜は一気に冷え込むらしい。そんなときはエルダーフラワーに限る。
彼はテーブルの呼び鈴を鳴らすと美幸がテーブルにやってきた。
『お電話終わったのね?また何か事件のようだけどあまり無理はしないでくださいね。』
『どうもありがとう。それより美幸さん、エルダーフラワーを使って何か一杯お願いできないでしょうか?』
『ええもちろん。今夜は寒くなるようですものね。すぐにもってきますわ。』
そういうと美幸は調合室の方へと下がっていった。たいした電話をしていた訳ではないがもうすでに外は薄暗くなってきたようだ。腕のクオーツ仕掛け時計をみると17時を少し回っていた。森口ゆかりと話した後に少し考え事をしていたつもりが結構な時間だったようだ。またそうこうしているうちに美幸がポットとソーサーをトレーにのせ戻ってきた。いつものようにポットからソーサーに紅茶を入れる彼をみて美幸は問いかける。
『先ほどhideさんとお話だったみたいだけど、盗み聞きするつもりはなかったのですけどね・・・・殺人事件なんて言葉聞こえてきたものですから。』
『あぁ、いえ、かまいませんよ。美幸さんなら。事件の詳細が気になるのですか?』
『いいえ違います。その被害者遺族からのご依頼だと思うのですが。』
『ええ。そうですが。被害者の姉からです』
淡々と答える彼の目を美幸の瞳が力強くみる。そしていつもの控えめな感じではなくはっきりと
『きっとご依頼主は心細く疲れているはずです。しっかりサポートして、マメに連絡を取ってあげてください。それから必ず犯人を捕まえてくださいね。』
少しあっけにとられた彼だったが、そこが美幸の優しさなのだろうと思った。
『はい。もちろんこれからはそうするつもりです。ただ犯人を捕まえるというのは僕の仕事ではありません。あくまで逮捕は警察の仕事です。僕は犯人を突き止め追いつめていくだけです。』
彼の口角が上がる。彼は改め決意を胸にしたのだろう。
ティーハウスを出てhideとの待ち合わせに時間があるため少し六本木の町をぶらつくことにした彼は、六本木の写真展に立ち寄ることにした。六本木ヒルズで行われているフォトギャラリーで、彼の愛する写真家、エーダイの展示会が本日より行われていた。エーダイの写真は風景、建物、人物と多くのジャンルがありどれも被写体のエネルギーを前面に出した作品が特徴である。国内よりはロンドンやパリ、ミラノやニューヨークなどで賞賛されており日本での展示会は珍しい。だからこそ彼は行きたいと思っていたのだが今日はちょうどいいタイミングだったようだ。新たな事件に本格的に入る前に美しいエネルギーあふれるアートをみておく。まさに心に安らぎを与える一時である。写真展を少しゆっくりみすぎたのか、時間は既に20時をすでに過ぎていた。スワンのオープンまで後一時間ほどなので新宿に向かうことにした。
六本木ヒルズから六本木駅方面に歩き、大江戸線に乗るために長いエスカレーターを下り、ホームを先日、靴師に新調してもらったばかりのイタリアンカットの革靴で床のタイルをならしながら歩き、ホームの真ん中より少し手前で電車を待つ。この位置で乗れば新宿西口駅のエスカレーターのすぐそばで下車できるはずだと思いながら彼は電車を待つ。こういったところも彼の細かで変わった性格を表しているように見えなくはないだろうか。
電車に揺られ都庁前まで出てそこから両国方面の大江戸線に乗り換える。すると新宿西口の駅まで一駅である。駅で下車し、地上に上がると西口大ガードをくぐり西武新宿の駅の方に抜けていき少し進むとドンキホーテが見えてくる。そこから新宿歌舞伎町に入り一番街を奥へと進む。コマ劇場を右折し、歌舞伎町交番の前の道を直進し、区役所通りの手前にその店はあった。
そのビルの地下に下り、店に入るとオーナーのHARUがすぐに応対してくれる。
『いらっしゃいませ。お一人ですか?』
『まぁ。でも待ち合わせなんですけどね。』
すぐに察しのついたHARUは小さくうなずくと店の中へと案内した。円形のステージを中心に周りに客席の広がるタイプの店で、ステージセンターの前は奥まで席が広がっている。その中でもひと際隔離された席へと彼は通された。そこにはすでにhideがジャックダニエルを飲みながらダンサーのキティーの肩に手をかけながら彼の来るのを待っていたようだ。
『どうもお待たせしたようですみません』
『おぉ!!!来た来た。とりあえず一杯やれよ。』
すると後ろからミキとゆうがこえをかけてくる。
『あら、久しぶりね。』
『会いたかったよ~っ。』
ここでダンサーたちのことも軽く紹介しておこうと思う。キティーはhide押しのフィリッピンのニューハーフダンサー。ゆうはこの店の看板ニューハーフダンサーであり、ミキは彼にとっては姉御肌ではっきり意見も言ってくれる女性ダンサーである。
驚きながらも彼も挨拶を返す。
『あぁ。どうも久しぶりです。』
この店のショータイムは22時からでそれまでオープンからダンサーたちはお客への挨拶回りをする。ようやくhideと二人になったところで話を切り出そうとする。
『事件の詳細をお話しします。』
『そのことならショーが終わってからにしないかい?久しぶりに来たんだし、よけいなことを入れてショーを見たくねぇしな』
「そうですね。わかりました。』
そういうと二人は無言のままジャックダニエルを飲み進めていく。MCの子たちのショーの説明が終わりしばらくして、彼が4杯目のジャックダニエルをグラスに注ごうとしたときに店内が一気に暗くなりサウンド音が店内に響き渡る。レーザー照明がきらめいたかと思うと同時にダンサーたちが飛び出し最高のエンターテイメントが始まった。
ショーが終わりダンサーたちが挨拶回りに来る。そして各ダンサーたちが客の席に着く中、彼とhideの席にはオーナーのHARUがつくことになった。もちろん例の話をするために事前にhideが話を通しておいたのであろう。表向きHARUはこのスワンのオーナーだが、裏の顔は膨大な数の情報を扱う情報屋なのである。三人は黙ってジャックダニエルを飲みながら周りの視線などにも気を回した。この沈黙を破ったのはhideだった。
『事件の詳細を聞かせてくれ。もちろんHARUさんにも聞いてもらう。それで俺らに協力してほしい。いつものようにな。』
『あぁ。もちろんそのつもりだし、だから今日俺は二人の席に着いたんだ。なんかよからぬ話でもするんじゃないかと思いましてね。』
ハルが鋭く彼を見た。彼はそんな視線を無視するかのように淡々と事件の詳細や依頼の件を二人に話した。そして今日ここにくる前につかんだ情報というにはまだ乏しいことも包み隠さず話した。
『という訳なのです。まだ手がかりなどにつながることは全くないのですがお二人の協力を願えないかと思いましてね。』
『もちろん俺は捜査協力するぜ。報道カメラマンとしてもあの事件は気になっていたしな。しかもあんたが捜査するんだ。絶対何かしらつかむだろうし。』
『もちろん俺も協力させてもらいますよ。お二人の協力ならいつでも喜んで。まぁ、とはいっても俺には情報集めぐらいしかできなさそうですけどね。』
『いえいえ。HARUさんの情報にはいつも助けられてますから。それだけで大変助かりますよ。』
三人のグラスが空いたところでHARUが気を効かせ新たにジャックダニエルをグラスにつぐ。すでにボトルは空になったようでhideが新たにボトルの追加をホールスタッフに注文した。再度三人はジャックダニエルを飲み進めた。新たなボトルがテーブルに持ち込まれ、ホールスタッフが席からはなれたときHARUがおもむろに口を開く。
『そういえばさっきいってアパートメトロポリタンの住人でもしかすると俺の調べのつくやつがいるかもしれない。たしか、102号室にすんでる阿久津とか言うやつ・・・・。板橋区の成増って町で客引きをやってるやつのような気がするんですよ。俺も直接面識はないし、見たこともないんだけど、ちょっと前に成増の熟女パブのオーナにあった時、最近使ってる客引きがトラブルばっか起こして大変だとかぼやいてたような気がするんですよね。しかも確か光が丘の方から通ってて、乗ってる車もさっきメトロポリタンの敷地内に無造作に停めてある車種に一致する。偶然かもしれないけど調べてみる価値はあると思うよ。』
確かにHARUの言うとおりこんな偶然はあまりないだろう。もしその男が102号室の男ならいき詰まりかけていた彼にも一つの捜査の突破口になるかもしれない。
『そうですね、ではHARUさん、お願いできますか?』
『もちろんだよ。じゃあまた3日後に店にきてもらえますか?』
『わかりました。ではお願いします。』
空になった彼とhideのグラスにジャックダニエルをゆうが注いだ。HARUはすっと席を外すと店内のお客にショーと来店のお礼を述べると足早に店を出て、夜の歌舞伎町の街へと消えていった。残された彼とhideのテーブルにはゆうとミキがつくこととなった。彼女たちもHARUと彼らが何やら内密の話をしていたのを読み取ったらしく今まで席を離れていたようだ。その後彼女たちとペネロペクルス主演の映画『それでも恋するバルセロナの話で少し盛り上がったところでhideを残し彼も店を出ようと席を立った。するとゆうとミキが彼を追いかけてきた。ゆうが彼の腕をつかみ、
『あんま危ないことばっかりしちゃだめだよ。お店来れなくなっちゃったらゆう寂しいからね。』
と少し寂しそうな顔でいってきた。そしてミキも、
『あんたまたうちのオーナ巻き込んでなんかやる気だね?まったく。でもしっかりやりな。なんか行き詰まったらお店おいでよ。愚痴ぐらいは聞いてやるからさ。』
ときらびやかな笑顔で彼に言葉をおくった。
『ゆうちゃん、ミキさん。どうもありがとう。僕にとって二人は本当に心強いお友達です。それにこのお店も。また来ます。』
そういうと彼は夜の歌舞伎町へと消えていった。もう一人の捜査協力者の下へと向かうつもりなのである。歌舞伎町から靖国通りへと出て新宿大ガードを西口にくぐり青梅街道を横断し彼はタクシーをひろい阿佐ヶ谷へと向かった。もう夜中の2時を回っていた。彼がジャズバートミーの重厚なウッドのドアを開けるとなかには初老の客と田口中の二人が店にはいた。初老の客はカウンターでうたた寝をしているようだった。彼が入ると田口が声をかける。
『今日は遅かったんだな。スワンへでもいっていたのか?』
『ええ。ちょっとhideとHARUさんに要があったもので。』
『その流れで来たってことは俺にも何か話があったのかな?とりあえずいつものでいいか?』
『ええ。お願いします。』
田口は後ろの棚からバカラのロックグラスを取り出すと氷をグラスにいれジャックダニエルを3分1ほど注いで彼の前に差し出す。
『何か食べるか?』
『そうですね。それから、ビィル・エヴァンスにかえてもらえますか?』
田口はレコードラックからビル・エヴァンスのレコードを抜くとレコードプレイヤーにレコードをセットした。ピアノの静かな軽快なリズムが店内に響く。そして彼の前に白皿に盛りつけられた料理が出された。
『牛ほほ肉の赤ワイン煮込みだ。好きだろ?』
『どうもありがとう。』
肉にナイフを入れるとすっと柔らかく肉がきれ、それを彼は口に入れる。ほのかに酸味のあるフランス産ワインの香りに牛ほほ肉の甘みと、柔らかではあるが肉の繊維質の食感が口に広がる。実にうまい。この料理は彼の好物である。そしてそこにジャックダニエルを流し込む。口に広がったコク味とワインの酸味をジャックダニエルの芳醇な香りと甘みがすっきりさせる。ここで彼が口を開いた。
『実は、こないだの依頼の件で中にも少し調べてほしいことがあるのです。』
『あぁ、例の事件ね。』
彼はhideとHARUに話したとを田口にも話した。田口は黙って彼の話に耳を傾け、時折何かを考える仕草を見せる。彼が一連を話し終えると田口は深く息をはいた。おもむろにピースを取り出すと店のマッチで火をつけ深く吸い込む。ピース独特のタバコの香りが彼の鼻を刺激する。彼もまたジタンを取り出しジッポで火をつけた。二人の男が何やら話し込んだ後に煙草を無言で吸う。端から見ると風変わりな景色に見えなくもない。そして彼がまた口を開いた。
『今回の件、まずアパートメトロポリタンを徹底的に調べる必要があると僕は考えています。犯人はおそらくあの住人の中にいるでしょう。』
『なるほどな。お前がそう思うならきっとそうなんだろう。俺もどこまで期待に添えるかわからないが調べてみるよ。
『宜しくお願いします。』
二人の会派はこれで終わった。彼はジタンをすいながら牛ほほ肉の赤ワイン煮込みとジャックダニエルを口に運びながらビル・エヴァンスの曲に耳を傾け今後の調査の方針などを考えていた。ジャズバートミーはビル・エヴァンスの曲に包まれていった。
歌舞伎町の桜通りにある無料案内所に来ていたHARUは歌舞伎町内では有名なキャッチ佐竹と会っていた。
『実はたけさんに聞きたいことあるんだけどかまわないか?』
「あぁ、俺に答えられる範囲でならな。』
『板橋区の成増って街があるだろ?あそこのキャッチの話なんだけど。』
『成増のキャッチなんかにお前さんが何のようだ?』
『ちょっと気になるやつがいてさ。そいつの素性を知りてぇんだわ。』
『まぁ、成増のキャッチ連中なら俺の弟子みてえな奴らが多いからわかるかもしれねぇな。』
佐竹はHARUを奥の休憩室まで案内するとパイプ椅子をHARUにすすめた。HARUは椅子に腰を下ろすとセブンスターを取り出し火をつける。佐竹もホープに火をつけて二人とも一息つくかたちとなった。佐竹が口を開いた。
『で、HARUちゃんは誰について聞きたいんだい?』
『成増のキャッチで白のマークツーにのったアトピー肌の男についてちょっと知りたいんだけど。』
『あぁ、そいつなら話に聞いたことあるぜ。阿久津ってヤローでな。広島から流れ着いたようはチンピラだ。HARUちゃんあいつに金でも貸したのか?』
『そいつ金でトラブル抱えてんの?』
『あぁ。むこうの組でもなんだか金でトラブって破門されて、東京に来てもキャッチ仲間やら金貸しからも借金溜め込んでるって話だぜ。しかも黒崎さんにも借金して目つけられてるって話だ。』
黒崎とは歌舞伎町伝説の金貸しと言われ、ヤクザ相手にも金を貸し、取り立ても容赦がないと言われヤクザからも恐れられている金貸しである。歌舞伎町でチンピラが消えたとなるとおそらく黒崎に消されたと知ってる者の間では噂になるほどだ。
『あの黒崎さんからもなぁ。まぁ俺は貸してはないんだけどちょっと気になるやつだったもんでな。』
『阿久津は、違法駐車や障害、近隣住人とのトラブルでも光が丘警察署のなかでもかなりマークされているらしい。しかも、つい最近あいつの住んでるアパートで殺しがあったらしくてよ、警察はブツは上がってねぇらしいが、阿久津をマークしてるって話だぜ。』
『なるほどな。まぁとんでもねぇ半端モンてわけだ。』
『HARUちゃんもあいつとはあんま関わらねぇほうがいいぜ。』
『もちろん関わるつもりはないよ。』
佐竹はさらに声を潜めて話を続けた。
『阿久津は女に対しても相当執着心が強いらしくて、DVまがいのこともやるらしいんだわ。まぁ、気はちいせぇし腕っ節もだめみたいだけどよ、切れちまうと何するかわかんねぇって話だ。』
『なるほどね。たけさんありがとう。』
HARUは佐竹へ礼を言うと案内所を出て、スワンの方へと戻っていった。これはその阿久津という男と一度会う必要もある。と、HARUは思った。夜の歌舞伎町の街を黒の毛皮のコートで身を包み颯爽と風を切り歩いていくHARUの心中も穏やかなものではなかった。
続く
