KING OF ROCK 2
皆で肩から永ちゃんタオルをかけ、開場前の武道館周辺を歩いた。
プレゼントされたタオルを嬉しそうになびかせている慶太は、おもむろに売店に並び、餃子マンとカツサンドを買ってきて、私達に差し出した。慶太としてはタオルのお礼のつもりだったらしいのだが、それを見たゴリラが一瞬にして噛みつく。
「お前の小遣いを節約させるためにタオル買ってやったのに、こんな不味そうな犬の飯にいくら払ってんだお前は!(T_T)」
いつも通りダメ出しを受けたものの、慶太は笑みを絶やさず、私達は慶太の心を胃袋に収めた。
駐車場を眺めてみると、そこには一目で永ちゃんファンの物だと分かる車がズラリと並んでいた。
・車のナンバーが830
・リアガラスにE・YAZAWAのステッカー
この二つを基調とし、中にはボンネットやドアに永ちゃんの顔がアートされているものもあった。そうした車の大半は、ワンボックス系の車か軽、あるいは走り屋系の車高の低い車となっていた。
「とりあえず、俺達の車もナンバーを830にするか。」
ゴリラの言葉を聞くと、若き日の永ちゃんが、
「そうですねぇ。僕なんかは10m先の煙草屋にハイライト買いに行くのもキャデラックでビューンと行けるくらいの男になりたいですね。」
と、インタビューで答えたというエピソードが思い出された。
去年の夏、私とゴリラはほぼ同じ時期に車を買った。一緒にランニングをし、休憩がてら磯子の八幡橋近くの岸壁で、日焼けをしながら、お互いがお互いの現状に満足していない事について話合っていた。多岐に渡った会話の中で、最終的に落ち着いたのは、
「待ち合わせに改札口を使うのはもう嫌だ」
という事だった。
「もうじき25になるのに、移動手段がチャリと電車じゃ…こんなんじゃいつまでも高校生と変わりないじゃないか。」
ゴリラが魂の叫びを口にしたその時、まさにタイミングよく一台のVIP車が私達の背中越しの道路を走り抜けた。年式が古めの黒いシーマで、ステレオからは浜崎あゆみのトランスが流れており、明らかに十代と一目で分かる男が、我が物顔で運転していた。助手席には金髪のギャル女が、アイシャドーで目の周りを真っ黒にして座っていた。私達は、走り去るシーマを視線で追った。
「ガキに…ガキにナメられてたまるか(´Д`)」
私達は即座に、税金、燃費、車検代、ガソリン代を無視した車の購入に踏みきった。
「男が生まれて初めて買う車がエコカーじゃさ…つまんねーワケ。アイノウ、アイノウ、現実や生活は大事。それは昔、フロ無しアパートに住んでた矢沢も解ってる。ケドさ、それじゃロマンが無さすぎなのこれワカル?いい車に乗っていい気分になる、それ大事。排気量の大きさ=自己満足の大きさなの、これ、正解。」
あの時、シーマに乗ったCHARA男君に出会えた事に、私達は深く感謝している。
昔、日本でアーティストの権利というものに対する認識、知識が薄く、レコード会社によるアーティストからの搾取が横行していた時代から、永ちゃんは自身の楽曲の印税計算、肖像権の管理などを徹底して行い、海外では当たり前となっていた音楽ビジネスのモデルを日本に定着させた。自身の権利を守るために会社を起こし、そこで楽曲、グッズの管理を行っている。
それだけでなく、一般的にアーティストはキョードーやウドー等の会社にコンサートの制作を委託するのだが、
「矢沢のコンサートは、ステージのデザインからスタッフに配る弁当まで全部矢沢が仕切りたい。」
というポリシーを掲げ、全ての制作を自身の会社で執り行っている。そんなアーティストは日本に永ちゃんしかいない。
海外アーティストをツアーなどで日本に招聘するためには、取得が大変困難な招聘ライセンスが必要とされている。外国人の不法入国による売春や薬物流入等の犯罪を防ぐ意味でも、一個人がそのライセンスを取得するのはほぼ不可能に近いのだが、永ちゃんは
「俺のライヴのクオリティを上げるために海外の優秀なアーティストを俺の仕切りで呼べないなんておかしい。」
と、持論を主張。
様々な手段を用いて、自身の仕切りでエアロスミスでも、ミックジャガーでも呼べる権利を取得した。
十数年前、永ちゃんは自身の活動の拠点をオーストラリアに移すことにした。そこに邸宅、スタジオ、音楽学校を兼ねた基地を作ろうと計画し、ビルの買収に乗り出した。しかしその計画の途中で、側近の部下に裏切られ、永ちゃんは総額三十五億を越える借金を背負わされる事になった。
それを知った銀行の人間達が、借金の返済を求めて押し寄せた。だが永ちゃんは微動だにせず、
「この出来事で俺がぶっ倒れると思ってる奴も大勢いるだろう。だけど今まで一度も返済が遅れた事は無いだろ?何なら来月から倍額で返済してやるよ。」
永ちゃんはその借金を僅か7年で完済した。
単純に三十五億といっても、収入から税金が引かれることを考えれば約七十億稼がなければ完済は出来ない。しかもただ借金を返すだけでなく、その間も会社を維持して社員を守り、家族にも今までと変わらぬ暮らしをさせることは、並大抵の事ではない。
「矢沢が倒れそうになるのを見て喜んでる奴を全員黙らせてやる。」
そのカッコよさは
[神]
としか言いようがない。
私達は、神が待つ武道館の入口に向かった。
続く