最近ダンス現場で
メンバーの皆に話していて唐突に出たはなしですが
『褒めたら、それ以下にはならないのは分かっている』
ということ。
ちょっと惜しいところ、こうしてほしいなーというところがあっても、まず良いところを良いと言う。「いいね〜」「いいね〜」と言っているうちに惜しいところは自然と解消されている。
ダンスエネルギー的に、褒めた時、それ以下のダンスにはなりません。(もしくはなりづらいです)
これはよくあること。
日常生活でもこういうこと、結構ありますよね。
普段は料理してくれない誰かがしてくれた、
絶対片付けしてくれない誰かが動いてくれた、
やり方が云々言う前にまず褒める
すると、その事柄以前の状態よりも悪くなる事はないというか。
人間関係を円滑にしていく上でこれは大事な事。
話が逸れましたが、
ダンスでもそれは近い事で
「いい!! すごくいい!!」と言われると、どんどんその方のダンスって良くなっていきます。
わたし、4年くらい前にお芝居の舞台に参加させていただいた事がありまして。プロの方に比べてお芝居を正式に習ったり所属した事なんてないわけですから「これは正しい」「これは合っている」と言われないと演出家さんが何を求められているものなのかわからないんですよね。
なので、シーンごとに止められて「ん、いいね」と言われると、
それを基準に自分的次のステージに進められるという。
習った日の浅いダンスジャンルとかも同じことが言えると思う。
だから、ダンスの現場において
全員ダンスマスターの人じゃない限りは稽古場で「今のいいよ」と伝える事はとても重要だと個人的には思っています。
褒められたら、OKの基準がわかりますからそれ以下の事になる事はあまりありません。
逆に、
ここはこうだ、今のは違うんだ、と伝えると
「今の自分は違ったんだ(直さなきゃ)」に集中して言う前よりもダンスが萎縮したり魅力が半減してしまう場合と、
修正ポイントを掴み、水を得た魚かのように、今までのは何だったのかと思わされるような、その場の空気を全てかっさらうようなダンスをする人がいます。
どちらのパターンになりますかね
修正ポイントをうまく使える人って、何はいい状態なのかを自分で「整理」できている人なのかもしれない。
いい状態って、もちろん自分の思ういい状態ではないですよ。
その場で求められている基準に対していい状態かどうか、です。
「自分ができているところ」と、「求められている基準に向けて取り組むこと」整理できるといいですよね。
闇雲に「自分は足りないんだ」と責めたり「自分はできていると思っているんだけど」と突っ走らずに落ち着いて見る。
何ができていて何ができていないか正確に分かっていないのに「自分は足りない」と大雑把にまとめて言うことと
求められている基準に足りていないのに「自分はできていると思うんですけど?」の状態は同レベルだとわたしは思うなぁ。
どうですかね
褒めたら次のダンスがより良くなる事はわかってます
ただその上であえて言う、
「そこ、やりたい事と違ってるよ」
一緒に目指している場所まで行ってみようよ