新生活とでもいふべきか、新年度の初日はここKRNの一室にいる。
長らく物置になっていたようで、数日前に急いで片づけたと事務長は語る。
この部屋で、昼食後しばらくしてからジーサン持参のノートパソコンを置き、無線WiFi接続して、キーボードを叩く。
この施設入り口に木目のアプライトあり、先週、初めて訪れた時は気が付かなかった。
脇にお雛様やら観葉植物が飾られ、縫いぐるみを2-3個置く台になって久しい、そんなオブジェのひとつだった。
私は、こっそり鍵盤の蓋を少し持ち上げて、ロックしていないことを確認した。
事務手続きが済んでから、複数の職員に質問したが誰も弾かないといふ。
これは勿体ない。
人気(ひとけ)の少なくなる頃を見計らって、後で試しに弾いてみたい。
夕べ、宮下奈都の「羊と鋼の森」を読了したばかり。
https://www.evernote.com/Home.action#n=8be1960e-2665-4ce4-a0a6-f7e8d18eb901&s=s241&ses=4&sh=2&sds=5&
どんな音がするのか、それはわからないけど、
指を動かすのは、すくなくともボケ対策になる。 そしてストレス解消にもなるだろう。
午前のあわただしい手続き、説明でようやくやや落ち着こうと、持ち込んだパソコンをセットした。
AM は、コッカイチューケイで蕁麻疹が出始めたから、FMらじるに切り替えた。
耳を傾けると、ベートーベン生誕250周年といふ。
第一回「愛すべきロマンチスト、ベートーベン」
昔の記憶を思い起こす。
憧れの国、独逸へは何処から入ったのだろうか。
最初の欧州は、デンマークだっかたか、その後米国かどこかへ行き、2回目の欧州でボンに立ち寄った。
だが、待てよケルンに行った後かな?。ベートーベン・ハウスで見た、展示物の数々で、さまざまな補聴器が印象的だった。最後の頃はブリキ製のデカい如雨露みたいで、一人で持つのはとても無理な大きさだった。
根本的なハンディを背負って、なお作曲に驀進していた姿が目に浮かぶ。なりふり構わず、髪はボサボサ、、、。
番組ラジオの話では、生涯に4-50回、いや60回以上引っ越ししたらしいが、その理由がいかにもベートーベンらしい。
彼の部屋は、書きかけの楽譜やら、食べ残しの食器類などが乱雑を極めていたとの手紙が残っている。
私と同様に整理能力ゼロだから、最も有効な対策として引っ越しとなったとのこと。
見かけによらず、無類のロマンチストで、死後に発見された楽譜、それが”エリーゼのために”とのこと。
エリーゼとは誰だと、論争があって、すくなくとも二人あった、、、、、もう15時半過ぎで時間切れ。
ネット検索すると、https://www.ryokohoken.org/travel-tipps/beethoven/
ここに懐かしきピンク色のドアが見える。
当時、ケルンの大聖堂と記憶がかぶり、古びたピアノで「月光の曲」を弾いてみたいと、ぼんやり考えていた、、、
もうあれから何十年経ったのだろうか、この曲をこれから弾いたら、挨拶したばかりのスタッフは驚くだろう。
それは間違いない”ゲッコウの極”、
だから怒られないように、無難なモーツアルトで。