今日の勉強を終えた帰り道、ランドセルを背負った小学生を見かけた。疲れた様子も無く、意気揚々と歩いて行った。

頭を使って疲れてたぼくはうっかり、「子供はラクそうで良いなー」と思った、、、

だがしかし、彼らは本当にラクなのだろうか。
考えてみたら、彼らもぼくと同じように勉強している。違うのは、僕は打算に基づいて勉強している。「これは必ず将来役に立つ」と理屈でわかって勉強している。

だが子供達はどうだろう、彼らがそこまでの期待感や安心感を得ながら、学校で勉強しているとは思えない。得られるとしても親に怒られない安心感や先生に褒められる満足感くらいだろう。勉強そのものに対する必要性は十中八九理解していない。(決めつけてしまって申し訳ない)小学校の勉強の必要性は、大抵大人になってからわかるものだろう。

と言う事は、彼らを朝から夕方まで机に縛り付けているものに対して、彼ら自身理由があいまいなままに勉強している事になる。、、なんという寛大さだろう。

これが例えば大人なら、絶対そううまくは頑張ってくれない。特に「得られるメリットが不明確な努力」なんてのは大人の世界では究極の時間の浪費として、忌み嫌われている。

それを子供は毎日歯を食いしばってやっている。


子供の偉大さが少し見えて来たところで、僕もまた明日から彼らに負けじと、頑張ろうと思う。