Aftermath からの続き

 

 

というわけで、連れ去りからナミさんが子供たちを奪い返して約10年。

 

息子たちは高校生になりました。

 

 

その間の父子の交流はゼロ。

 

 

ただ、連れ去られた時に色々と勉強したナミさんは、息子たちが良くも悪くも、ずっと実の父親のことを気にしていることは感じていました。

 

 

連れ去られ傷ついたことから、どんなに父の悪口を言っても、どんなに「もうあんな奴関係ない」などと言っても、心から忘れてしまうことはないのだ、と。

 

 

 

ちなみに、ナミさんは会わせない、などと一回も言っていません。

 

ただ、連れ去られた時のショックがかなり強かったので、会いたければ、こっちに会いに来い、とは言いました(でも、それっきりあっちから会いに来ない)。

 

 

色々と気がかりではあったけど、きっかけもなくそのまま過ぎた10年。

 

 

しかし、息子たちが高校生になり、大学進学を希望したとき、ナミさんはこのままでは息子たちが、借りれる限りの奨学金を借りなければ、到底大学には行けないことに気づきました。

 

(ちなみに、一般的な私立大学の年間の学費は、文系が約130万、理系が約150万ほどで、卒業するまでに1人500万から600万を学費だけで必要とする計算になります)

 


10年音信不通にしている元旦那には、これまでも何回か息子の近況を伝えたり、養育費の支払いを打診するメールを送ったりしたことはありましたが、音沙汰なし。

しかし、このまま息子が奨学金借金にハマるのはかわいそう。

 


でも、元旦那とコンタクトを取ることを考えたら

 

 

(鬼神お父さんのブログからお借りしました)

 

 

一瞬で本当に具合が悪くなる。

 

(連れ去られて子供と会えなくされた経験というのは、何年経とうとどんな親にとっても、それだけのショックだと思います)

 


しかし、自分が具合悪くなるからと今動かないでいたら、奨学金を返すのは息子になってしまう。

 

 

というわけで、何回かメールを送ったのを無視されたあとに、ナミさんはついに元旦那に対して、またアメリカで養育費(大学の学費)支払の裁判を起こしたのでした。

 

 


この辺を掘り下げるとこの話だけでまた5話とか行ってしまうので細かなところは割愛しますが、前回もちょっと言った通り、アメリカでは訴えると基本はいきなり裁判なのですが、この時は裁判所の許可を得て調停を行うことが決まり、民間の調停員を間に立てた話し合いをすることになりました。(裁判所で約束した調停期間内に話がまとまらなかったら、裁判へ)

 


ちなみに、民間の調停員とは、元裁判官がリタイア後に始めることが多い仕事で有料です(費用は大抵当事者間で折半)。

 

 

ナミさんのケースの調停員も、元裁判官のおばあさんに近いおばさんでしたが、そこはばあさんと言えども元裁判官で素人じゃない。

 

 

とにかく、解決に向けてグイグイ来ます。

 

 

「あなた、養育費欲しいのね。あちらは子供に会いたいと言っています。

アメリカに会いに来させなさい真顔

 

 

ばあさんからのいきなりのストレートパンチゲロー

 


ナミさんはこれまでの経過を説明しました。

 

 

散々嘘をつかれて子供を連れ去られたこと。


それを死ぬような思いで裁判をして連れ戻したこと。

 

それっきりあっちから連絡がなくなったこと。

 

過去に連れ去られているので、子供をアメリカに送ることは怖いこと。

 

兄は受験生だからアメリカになんか行ってる暇はないこと。

 

日本に会いに来るのであれば会わせてもいいが、とにかく未成年だけで外国に行かせることはできないこと、等々・・・。

 

 

 

ふんふん、と聞いていた調停員。

 

 

そして言ったのが、

 

 

 

そんなの関係ないわ。あなた、やる気あるの?」

 



どういうこと?

 


一瞬目が点になるナミさん。

 


「あなた、お父さんが会いたいって言ってんの。わかる?

 

会えたら養育費も払うって言ってんの。

 

あなたも人間でしょう。

 

会えもしない子供に養育費だけ払うなんて無理。

 

自分でも同じ立場なら、そう思うでしょ?」

 

 

さすが民間。


きれいごとじゃない本音の極論、いきなり出た!

 

 


「そもそもね、養育費を義務として強制できるのは子供が高校生までなの。

 

大学の学費は、あくまで払う方の『善意』になっちゃうわけ。『善意』を期待してお願いする話なの。

 

それを、会えたら払うって言ってんだから、相手の気が変わらないうちにすぐ会わせなさい。

 

さ、今決めましょう」

 

 

えええええっ!!

 

でも、未成年だけで飛行機乗せて外国とか・・・(しどろもどろ)滝汗

 

 

 

調停員のばあさんはきっぱり言った。

 

 

高校生にもなってたら、自分たちだけで十分行けます。

 

高校生の男二人を引き留めて返さないとか、あるわけないでしょ。

 

父親に会わせなさい。いつ来れるの? 今スケジュール出して。

 

 

あなたが変わらなければ、あちらを説得することはできません。

 

あなたがまず子供に父親を会わせるのが先です。

 

そうしたらあっちも私が説得する。絶対学費払わせます。

 

さあ、今決めて、ハイ決めて(グイグイグイグイ)」

 

 

 

 

ばあさん、すごすぎる・・・。

 

 

 

 

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子の国際的連れ去り実例⑦ 残された課題 からの続き

 

 

正直、この話をここまで長く引っ張るつもりはなかったのですが、せっかくなのであと数回、書きたいところまでをきちんと書いて終わりにしたいと思いますので、もうしばらくお付き合いください。(そろそろ、僕の個人的な方の動きもかなり進んでいるので、そちらも書いていきたいと思っています)

 

 


というわけで、子供を連れ去られてから8カ月で、ナミさんは子供たちを連れて帰ってくることができました。

 


しかし

 

 

王子様とお姫様が結婚して、末永く幸せに暮らしましたキラキラ

 

 

なんてオチがありえないのと同じように、

 

 

現実というのは常に、大きなイベントが終わると、すぐに新しいスタートになるだけのもの。

 

 

 


連れ去られた話の中でも少し触れましたが、ナミさんには息子さんが2人いました。

 

 

1人は当時9歳。

 

連れ去ったお父さんが何をどう言っても、絶対に日本に帰る、と言い続けたお兄ちゃんです。

 

 

 

もう1人は当時6歳。

 

連れ去りお父さんの言葉を全面的に信じて

 

・お母さんはもう僕らのことはどうでもいい

 

・僕らはハワイで新しいお母さん(離婚前からの交際相手)と一緒に、犬を買ってもらって暮らす

 

・おとなしく新しい学校になじんで楽しくやっている自分はいい子

 

と思っていた弟です。

 

 

 

もちろん、2人ともお母さんのこともお父さんのことも大好きでした。

 

それでも帰国が決まった当時の幼い2人の意思は、帰る、帰らない、で、異なっていました。

 

その中で二人とも帰国することになったわけです。

 

 

 

その後、一体2人はどうなったのでしょうか?

 

 


ここで、言っておきたいのは、

 

結局、連れ去りをやるような人は、どんな理由があろうと、人の心なんかわからない。

 

ってこと。

 

 

まず、連れ去り父は養育費の支払いを全面的に拒否しました。

 

 

裁判までして無理やり子供を連れて日本に連れ帰るってことは、養育費なんか送らなくとも生活できるんだろニヒヒ

 

 

という理屈。

 

 

ナミさんへの嫌がらせのつもりだったのでしょうが、困るのは子供たちです。

 

 


また、その後連れ去りお父さんは交際相手と再婚し、その相手に娘ができました。

 

すると、それまで連れ去るほどの執着を見せていた息子たちへの連絡も、ぷっつりと止めてしまったのです。

 


兄は思いました。

 

「まあ、僕は最後までパパの言うことを聞かなかったんだから、嫌われても仕方ない。僕はパパのことを今でも好きだけど、言うことを聞かなかった僕をパパが嫌っても仕方ないんだよ。僕が悪いんだよ」

 

 

弟は思いました。

 

「俺は騙された――」

 

 

 

弟は信じたのです。

 

 

 

パパが、「お前がいなければ生きていけない」と自分の目の前で涙したこと。

 

「絶対にパパがお前を守るよ」と約束したこと。

 

「楽しくみんなでここで暮らそう。ママはお前のことはもう忘れたよ」といったこと。

 

 

でも、結局、全部嘘だった。

 


別に俺がいなくたっていいんじゃん。

勝手に振り回して、勝手に消えて、何なんだよ、あいつ?!むかっ

 

 

 

思春期になった弟の、父親に対する怒りは大きなものでした。
いいことも悪いことも、彼の前で父親の話をするのはNGになりました。

(まあ、それで彼の中で父親が完全に悪者になってしまったので、母親に反抗することはなかったが・・・)

 

 

逆に兄は、怒りというより、自分の希望を押し通したことへの罪悪感を抱えました。


むしろ兄は、父は悪くなく、自分が悪いことをしたという漠然とした気持ちを持ち続けることになりました。

 

 

 

そんな思春期になった息子2人を育てつつ、養育費を取るためにまた新しく裁判を起こして、イミフなことばかりしてくる連れ去り元旦那と再び戦う気力は、その時のナミさんにはありませんでした。

 

 

時々メールで、頼まれたわけではなくとも息子の近況を元旦那に伝えることはありました(もちろん返事はなし)が、それからほぼ10年、一切連れ去り元旦那とかかわりのないまま、ナミさんと息子さんたちは暮らしていったのです。このままでいいのかなぁ、と漠然と思いながら。

 

 

 

 

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子の国際的連れ去り実例⑥ そしてゲームセット からの続き

 

開廷(プレーボール)からわずか15分。

 


山のような証拠資料の数々を一回も見ることなく、審理は終了。

 

 

連れ去り親は子供たちを元居た場所に即時返還せよという判決が下された。

 


勝ってもなお、唖然とするナミさん。

 

実際、ナミさんだけでなく、その場の全員が一瞬あっけにとられていた。びっくり

 


しかし、先に我に返ったおばちゃん先生が、満面の笑みを浮かべた。

 

 

「ナミ、勝った、勝ったんだよ、やったよ!笑い泣き

 

 

 

え、か、勝ったの??

 


山のような証拠書類――メールのやり取りのコピー、何種類もの診断書や意見書、友人知人からの証言の手紙、沢山の写真、学校からの証明書、子供自身の証言、相手の出したわけのわかんない証拠への数々の反論、等々、ものすごく手間・暇・金をかけた証拠、一切見てもらってないけど、とにかく勝った!!笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 


同時に、あちら側の鬼弁がエラい剣幕で異議を唱えはじめた。

 

「裁判官、意味がわかりません。なぜ子供を返さなければいけないんですか?ムキー

日本に返す必要がどこにあるんですか? こっちは親権者なんですよ?」

 

 

ずっと表情一つ変えずに審理を進めていたブラウン裁判官は、一瞬口元を緩めた。(苦笑いなのか、おかしくて笑ったのかは不明)

 

 

「だって子供を想う親なら、まずは話し合いをすべきだったでしょう。

 

それが当たり前の第一歩。

 

彼(被告)が子供を想うなら、しなければいけなかったのは、こちらで仕事を探すことでも、弁護士に相談に行くことでもなく、原告である子供のお母さんと話をすることだった。

 

弁護士の意見でなく、彼女の意見を聞くべきだった。

 

それなのに彼は、一回も何の話もせずにただ子供を連れてきてしまった。

 

話し合いをするのは、ここの法廷ではできない、管轄権は日本にあるって、さっき君も言ってたじゃないか。日本の裁判所の命令持って来い、って。

 

だからここでこれ以上の審理はしない。

そして、日本で審理するために、子供を元居た場所に返すことを決定する」

 

 

「でも、日本からそういう命令は実際まだ出ていないし、被告だけが日本に行って話せばいい話では・・・滝汗

 

 

ダメだね。トラブルが起こったときの状態にまず戻すことが先。

(例えるなら、日本で人を殺して外国に逃げて逮捕されても、逮捕された国じゃなく殺人が行われた日本に帰って裁判しなきゃいけないって理屈)

 

間違った時点にすべて戻して、もう一度最初からやり直しなさい。それ以外にない。以上だよ」

 

 

ピシャリとはねつけるように断言し、改めてブラウン裁判官は起立して閉廷を宣言し、竜巻のように法廷を後にしたのだった――。

 

 

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こうして、連れ去られた子供たちを取り戻したナミさんだったが、冷静にこの時のことを振り返って考えるという。

 

 

日本の家裁や親権のシステムに問題があるのは本当で、日本では離婚後に子供に会えなくなる親が多すぎる。

 

実際、離婚後の親子が会えていないという現実は、日本に存在しているのだ。

 

 

他方の親に共同監護権を一切認めず、100%の監護権である「親権」をほぼどんな状況でも母親に与え、離婚した後の父親を他人にしてしまう今の日本のシステムを、日本で弁護士に離婚を相談したアメリカ人元配偶者が初めて聞いて、パニックになり、弁護士に言われたまま連れ去りを選んでしまったという部分も、多少なりともあったのだろう。(例えそうでも、一切何も言わないで、長期で綿密な計画を練って子供を連れ去った、というのが、裁判官の心象を著しく損ねたらしいが)。

 

 

しかし実際、会えなくなることがほとんど、あるいは写真だけでずっと会えないとしたら・・・。

 

 

そういう日本の現実を、おばちゃん先生やブラウン裁判官はどこまで知っていたのだろうか・・・。

 

 

まあ、例えそうだとしても、基本的な姿勢は変わらないだろうけどね。

 

 

「どんな理由があるにせよ、絶対に連れ去りは認めない」

 

 

物を盗んではダメ、人を殺してはダメ、いじめはダメ。

 

それと同じ並びで、連れ去りもダメなんだ。

 

 

そりゃ、事情は色々あるだろう。でも、ダメなものはダメ。

 

 

そこに言い訳の余地は認められない。

 

 

そういうルールをまず第一に持っていなければ、始まらないのだ。

 

 

 

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