だでぃべあの「徒然なるままに・・・」 -12ページ目

だでぃべあの「徒然なるままに・・・」

日々徒然に思うことを記しています。

今日は大安です。

また東京のかなりの私立中学校の願書受付が始まる日です。


我が家では今日、ゆうが2月1日に受験する予定の中学校に、妻に出願に行ってもらいました。

受験番号が決まりました。まあまあ覚えやすい番号のようです。


また2月3日に受験予定の中学校は郵送での出願なのですが、本日受験料を振込んでもらい、願書も発送してもらいました。

こちらは、どんな受験番号になるのでしょうか。


2月2日に受験予定の中学校は、まだ来週でも出願が間に合うので、次の大安の日・1月26日に、妻に出願に行ってもらう予定です。


単なる験担ぎ・気休めかもしれませんが、妻は非常に気にしているので、そこは任せています。


ゆうが1月前半に受験した中学校(埼玉県の中学校)の受験結果ですが・・・、


1月11日受験校、1月12日受験校とも合格をいただけました。

(実際にはもう少し前に結果はわかっていたのですが・・・。)


特に1月12日に受験した中学校は、最後の合不合判定テストのゆうの結果偏差値と比べて、80%偏差値が6ポイント、50%偏差値でも2ポイント高く、奇跡的な合格でした。

私は「たぶん無理だろう」と心中で思っていましたし、おそらくゆうもそう思っていたと思います。


とりあえず全落ちがなくなり、ほっとしました。


まもなく、千葉県の中学校の受験があります。

我が家では2校に出願しています。

ただ、こちらは厳しそうです。

覚悟しなくては・・・、そう思っています。


あけましておめでとうございます。


2010年になりました。

ゆうが通うS塾の正月特訓は、1月1日と2日は授業がありません。


今日はこれから家族揃って第一志望校詣でに行き、その後に毎年新年に参拝している神社にもお参りし、一旦家に帰ってゆうはほんの少し勉強をし、夕方は妻方の祖父母の家を訪問して久しぶりに一緒に夕食をとり、また家に帰って少し勉強、というスケジュールの予定です。


世の中の中学受験生には、今日も明日も塾で1日中勉強しているお子さんも多数いらっしゃると思います。

それが理想だと思いつつ、わが子に対しては、せめて今日だけは少し緩ませてやろうか?と思う甘い父親です。


1月校受験の初戦まであと10日、2月1日まであと31日になりました。

ゆうのパッとしない状況は変わりませんが(実力なので仕方ないですね)、あと1ヶ月余り精一杯サポートして行こうと思います。


年の暮れも迫った今頃になんだ?という話ですが、本日、ゆうのために妻にお守りを作ってもらいました。


オレンジ色のフェルト生地を縫い合わせてお守りの形にしてもらい、中には、


1)第一志望校の砂(以前、学校訪問をした際に少々拝借してきました)


第一志望校の文化祭を訪問した際に撮影した、


2)正門を両足で跨いでいる(片足だけ敷地内に入っている)写真

3)制服を着せてもらった写真

※どちらも縮小してプリントしました。


を入れました。


だでぃべあの「徒然なるままに・・・」-お守り
(ちなみに隣に写っているシャープペンシルには意味はありません。大きさの参考です。)


妻にお願いして、ほぼ同じ形・大きさのものを2つ作ってもらい(手縫いのため、全く同じにはならないので・・・)、一つはゆうに持たせ、もう一つは私が持ちます。


そして、受験日当日には私が持ち歩いたものもゆうに渡して、試験に臨んでもらう予定です。

親も一緒に後押ししているんだよ・・・ということが、試験中のゆうの心の支えに少しでもなれば・・・との思いです。


本当は、もっと前から作って渡したかったのですが・・・(妻も縫って待っていてくれたのですが)、私が写真をプリントするのをサボっていて、結局完成が今日になってしまいました。

反省です・・・。



本日・火曜日は、ゆうはS塾の算数と理科の授業の日でした。


今日は、私が久しぶりに仕事を早く上がることができ、S塾の授業が終わる午後9時の迎えに間に合うように帰宅できたため、私が車で迎えに行きました。


車に乗り込むと、暗い車内でよく見えないのですが、ゆうの様子が何だか変です。
「何だ、今日は何ができなかったんだ?」と「気にするな・・・」と続けるつもりで話しかけたところ、ゆうは大泣きこそしないものの「(算数の)デイリーチェックテストで145点しか取れなかった・・・」と涙ぐんでしまい、それ以上言葉が続きません。


私は、
「身についていない点が今わかってよかったじゃないか。」
「今できないところがあってもいいんだよ。これをきっかけにできるようにすれば良いじゃないか。」
何食わぬ顔でそういって慰めるのが精一杯でした。


家に着きゆうが落ち着いたところで、ゆうには概略次のようなことを言いました。

----今テストでできないところがわかるのはいいことだ。逆に自信を持って解き正解した問題は、もう復習する対象から外せるということだ。当たり前だけど、これまでやった問題を全部解き直すなんて時間が全然足りない。できなかった問題だけを復習して、できるようにすればいい。復習しなくて良い範囲や問題を選別していると考えればいい。----


  クリップクリップクリップクリップクリップクリップクリップクリップ
それにしても、そんなことで涙ぐむゆうにびっくりしました。


確かに私は、6年生になって少し緩みが出たように見えたゆうに時々、「デイリーチェックテストや基礎力定着テストでは9割5分取れなければだめだ」とハッパを掛けていました。
それでもゆうの心には響かず、ひどい点数を何度も取ってきていました。
堪えていないように見えていました。


前期でも何回もありましたし、夏期講習でも何回もありました。
決していつも満点に近い点数を取っていたわけではありません。
それこそ、9割5分を超えたことなんて、何度かしかないと思います。


それでもゆうはこれまで涙ぐむことなんてありませんでした。


やっぱり見た目は変化がないように見えても、心の中ではかなりあせってきているんでしょうね。

気を抜かせず、でも追い込みすぎず・・・。
本当に難しいです。


我が家のゆう、今日からダブルスクールです。


いや、もともと小学校以外にS塾に通っている時点でダブルスクールなわけですが・・・。


まあそんな冗談はともかく、いろいろあって、今日から毎週月曜日にさらに別の塾に通うことになりました。
はっきり言うと、W塾です。
国語のみです。

それも我が家の最寄り駅近くの校舎ではなく、電車乗車時間が片道30分ちょっとの校舎へ通うことになります。


そのお話をいただいてから、9月28日に一度体験授業を受けさせていただき、ゆうの意思を確認した上で決めました。


ちなみに費用は通常通り払います。
残念ながら、NN受講資格を取得しての単科ゼミではありません。
我が家のゆうは、7月と8月のオープンテストで不合格になりましたので。
どうやらW塾には2科目のみ受講するコースがあるらしいのですが、その特例で平常授業を1科目のみ受講するという特例コースになります。


科目は、ゆうが不得意な国語です。


ただ単なる1科目受講との若干の違いは、費用を支払っている1科目にプラスして、追加費用なしで国語の添削指導をしていただけることになりました。
100分の国語の平常授業を受講した後、約100分の国語の添削授業を受けます。
(後日追記:

1科目分の受講料を払い、当初は国語の平常授業を1科目受講していましたが、時間がかかる割にパフォーマンスが割に合わないと感じるようになりました。そのため2~3週経過した時に、今回の提案をしていただいた先生に相談してみたところ、国語の平常授業は受けず---その終了時刻頃にその校舎に到着し---国語の添削指導のみを受講することになりました。つまり1科目分支払う受講料は、名目も実態も、その国語の(準)個別の添削指導のためのものということになりました。)


国語の添削授業は、ゆうと同じような、「他塾生」で「NNに不合格になった」生徒さんがゆう以外に2人いるようです。
他の2名は、もっと前から受講しているようですが、ゆうは10月から!です。


正直なところかなり悩みました。


月曜日は小学校が5時限でS塾授業もないため、ゆうにとっては、SS特訓・平常授業の復習や過去問をやるための貴重な時間です。
また移動時間も、自宅-最寄り駅の時間も考えると、往復で1.5~2時間くらいかかります。
そのようなデメリットを上回るほどの効果を見込めるのかどうか・・・。


また、今始めて残り十数回の添削指導をしていただいたところで、どこまで今の国語の成績が改善されるのか・・・。


でも今のまま躊躇していても、国語成績の上昇を期待できないと考え、思い切って動いてみることにしました。
デメリットの方が多いと判断されれば、途中で止める覚悟です。
(その場合には、2月1日受験校も変更することになりますが。)

さて、どうなりますか。


  本本本本本本本本
実は、そのような決断をした背景には、ゆうが通うS塾の校舎の国語の授業に不信感を抱いていたということもあります。


実際、前期の途中から、平常授業や土特の国語の授業の復習(夏期講習でもです)は、言語要素系の課題以外は家庭では一切していません。
課題文の読み直しもしていません。


仮にS塾の国語の授業を捨てるにしても、もっと早い段階で決断すべきだったと、かなり後悔しています。
あまりにも基本的な読解方法や記述方法を知らないゆうを見て、もっと早くから親が対話やディスカッションをしていれば・・・と。


まあ今更言っても始まらないので、せめて「大不得意」から「ちょっと不得意」くらいまでには、いろいろな手を使って引き上げてやりたい・・・と思っています。


我が家の娘・あいは、スイミングスクールで3月末の進級テストで前の級に合格した後、4月からバタフライ25m合格を目指す級で練習をしてきました。


その後5月末と7月末の通常の進級テスト、8月末の短期講習最終日の進級テストの3回のテストで不合格となっていました。


それが、ようやく9月24日(木)の進級テストで合格しました。
ギャラリー席から見ていた妻の判定では、前回不合格だった時に指摘された事項が改善されていたかは微妙な状況だったとのことでしたが、結果としては何とか合格をいただきました。
正直なところホッとしました。


  波波波波波波波波

次の級は100m個人メドレーの級なのですが・・・。


親の私としては、できればその級までは合格させたいと思っています。


しかしその級の合格基準として、4種目をきちんと泳げることはもちろんなのですが、それに加えて学年毎に設定されている基準タイムをクリアしないといけません。
そう、本格的なジュニアの競泳大会の場合は、選手の満年齢を基準にクラス分けがなされるのですが、スイミングスクールの進級テストということで、運用上の問題なのだと思いますが
あくまでも「学年毎」なのです。
つまり、来年3月の進級テストまでに合格できないと、小学4年生になってしまうとまた合格へのハードルが高くなってしまうということです。
また、あいとしてもいつまで水泳を続けようと思うかわからず、また他の習い事等でいつまで続けられるかもはっきりしません。


そのため、あい・妻と話をして、あいは10月から週に2回スイミングスクールに通うことにしました。

何とか来年3月までに、個人メドレー100mに合格してほしいと思っています。


あいが通うスイミングスクールの、4日間の短期講習が8月26日~今日まであり、今日が進級テストの日だったのですが・・・。
不合格だったようです。
課題は、バタフライ25mでした。5月と7月の定期の進級テストでの不合格に続く3度目の不合格です。


7月の進級テストで不合格になった後、夏休み中も何度か近くの公営の室内プールにあいと練習に行きました。
夏休みに入ってすぐの3連休も(その頃はまだ7月の進級テスト前でしたが)毎日泳ぎに行きました。

いろいろなスピードで泳ぐ多数の人で混雑するプールで、他の方へ迷惑をなるべくかけないように留意しつつ、バタフライの腕の掻きを中心に、可能な限りインターバルトレーニングを繰り返しました。


最初は率直なところ体力もフォームも課題満載な状態でしたが、8月22日に泳ぎに行った際には、サークルタイムも7月の段階より短くなってきましたし、フォームもかなり改善していると感じました。
(もっとも、公営プールで他の方へ迷惑を避けるため、片腕ずつのプル練習しかしていないのですが。)


でも本日の結果は不合格だったとのこと。
あいもかなり落胆したようです。


「リカバリーで右腕(ひじ)が曲がっている」「肩がまわせていない」「リカバリーで腕の動きが左右対称になっていない」との指摘だったそうですが、率直なところスイミングスクールに対し、少なからぬ不信感を持っています。


その指摘は7月の進級テストの際にも受けていました。
でも、8月の通常レッスンでも、この4日間の短期講習のレッスンでも、レッスン中にあいはその点を指摘されたり修正してもらったりはしていないようです。
(妻が、スイミングスクールのギャラリーから見ている範囲なので、全く教えてもらっていないわけではないのでしょうが。)


通常レッスン中に直すよう指導されずに、テスト後に不合格要因として指摘だけされても・・・という感じです。
その指摘を拝聴するにしても、その解決方法(=修正するために気をつける点や修正するためのドリル)の指示もあってしかるべきだと思うのですが・・・。
ただ「ひじが曲がっている」「肩がまわせていない」と言うだけでなく、結果として「ひじが伸び」「肩がまわる(ように見える)」ようになるための、注意点なり練習で注意する点の提示がないのはどうなんでしょう・・・。


そもそもそのスイミングスクールでは、奇数月の最後の週に進級テストがあり、偶数月の最初にはその級の生徒が入れ替わるのですが、その度に、また一からのメニューになっているようです。つまり偶数月の初めにはドルフィンキックの練習から始まり、プルや全体の練習は2ヶ月サイクルの後半にしかやらないようです。
今回の短期講習でも、初日はキック(と他の泳法)の練習しかしなかったそうです。

確かに、その月から新たに入ってくるお子さんがいるかもしれないことは分かりますが、少なくとも今回に限ってみれば、すでに同一級でレッスンを(少なくとも1ヶ月は)受けているお子さんだけであることは把握しているはずで、もう少し柔軟なメニュー設定なり指導なりがあっても良いのでは・・・と思いました。


極論かもしれませんが、もともとスイミングスクールは受講者の泳ぎを上達させる指導をすることを委託されているはずで、受講者に2回続けて同じ欠点で不合格という結果にさせるというのは、指導力やメソッドに疑問符がつくことと同じで恥ずかしいことなのでは?と思うのですがね。


この級を終えると一応4種目泳げるようになったということになるのですが、今後、どこまで続けるかも含め、少し考える必要がありそうです。


  波波波波波波波

バタフライの泳法の特性上、「ひじが曲がっている」「肩がまわせていない」のは結果論であって、「ひじを伸ばそう」「肩をまわそう」と意識すればすべて解決するものではないと思います。
(もちろん、それで修正される部分もあるとは思いますが。)
ひじが曲がってしまうのは、リカバリーが終わる前に上半身が着水してしまった結果であり、プルのフィニッシュでの推進力を上げるなり、泳ぐ際の身体の上下動を修正するなりしなければ解決しないと、私は考えています。


そのような状況から、夏休みの休日に公営プールに通った際には、親の私なりに修正する練習を考えてやらせてきました。
私があいに指示したのは、

  ・プルのフィニッシュでしっかり掻ききること(推進力を得ること)
  ・(しっかり掻ききりつつ)テスト本番ではピッチを若干上げること
  ・リカバリーの入水後に上半身を水面下に深く突っ込み過ぎないこと
  ・上半身の上下動(特に水面下への潜り込みすぎ)を制御するため

   キックのリズムを意識すること

でした。


私も素人ですので、私の理解がすべて正しいとは決して思っていません。
違う内容でも構わないので、具体的な修正方法・練習方法を提示してもらえないのだろうか・・・と思いました。


7月24日から25日にかけての、福岡方面への家族旅行の2日目です。


飛行機7月25日(土)

朝ニュースを見ると、福岡県全域に大雨洪水警報が発令されていました。
九州自動車道も、大雨の影響で通行止めとなっている区間もありました。

そんな中、ホテルをチェックアウトし天神駅で荷物をコインロッカーへ預けて、2日目をスタートしました。


ホテルを出た時は、まだ雨が強く降っていました。
ですが、幸いなことに、天神から移動をスタートするころには雨も何とか上がり、その日は夕方に再び強い雨に降られたものの、歩き回っている間は何とか天気がもってくれました。


まず、天神のバスターミナルから福岡市博物館へバスで移動。
開館時刻とともに入館し、常設展示を見て回りました。

お目当ての展示は、博多湾・志賀島で掘り出された、あの----国宝の----金印でした。
後に「後漢書」記されたという「漢委奴国王」と彫られているあれです。


それ以外にも、稲作伝来の昔から福岡周辺が大陸との窓口となっていることを示す展示が多数ありました。


そうでなくても、そういった展示はくまなく見、また記されている説明を全部じっくり読んで回るゆうなので、一通り回ったらなんとお昼になっていました。結局2時間半以上も福岡市博物館にいたことになります。

ゆうとあいは、その金印のそこでしか購入できない精巧なレプリカに心を惹かれ、でも値段が張るのでかなりの間迷っていましたが、各自の貯めた小遣いから家に帰った後に返済する約束をして、2人はレプリカを購入しました。


その後、福岡市博物館のすぐ近くの福岡タワー(高さ:234m)を訪問し、エレベータで登った地上123mの展望台から周囲を眺望しました。


そうしているうちに昼をかなり回っていましたので、「元祖長浜屋」へ行って博多ラーメンを食した後、地下鉄で移動して福岡城址へ行き、最後はJR筑肥線下山門駅まで足を伸ばして、生の松原海岸で元寇防塁を見てきました。


閑話休題。
長浜屋のラーメン(ラーメンの種類は1つしかない!)は、「ああ、これこそ昔から『博多ラーメン』と思っていたものだ」という感じでした。普通盛で¥400と値段も安かったと思います。


話を元に戻して・・・、

生憎、その日はJR筑肥線内で昼過ぎ頃に人身事故があったらしく、JR筑肥線が一時運転見合わせになっていました。
JR姪浜駅ホームで次の列車の見込みが分からない中で待っている際には、すでに午後2時30分を過ぎており、帰りまでの残り時間を考えると訪問は無理かとも思いました。
しかし、しばらく待つと列車が来て何とか乗ることができ、最寄駅である下山門駅まで何とかたどり着き、徒歩で生の松原の元寇防塁まで行くことができました。


~ここからは少し詳しく~ 
※今回、具体的な場所の情報がほとんどなく、我が家も奇跡的にたどり着いた状況だったので。
下山門駅から生の松原海岸へ向かって歩いて行き、唐津街道で「生の松原(東)」という信号を渡り、そのまま松林を抜けるとほどなく海岸線に出ました。
そこでは、海岸から20mほど上がった松林との境くらいの場所に「史蹟 元寇防塁」と彫られた碑がありました。
確かにそこでは、砂浜から7~8mくらい上がったところに階段状に石が積まれたものが、海岸線と並行して続いていました。

初めは「これが元寇防塁?」「本当にこれで防ぐ役割をしたのかな?」と思ったのですが、そのまま海岸線に沿って東へ300mくらい歩いていくと、さらに松林に寄ったところに、長さ50mほどでしょうか、復元された元寇防塁があり、説明看板も設置されていました。

ゆうは、ここでも説明看板を食い入るように読んでいました。



   ※ここに写真を入れるつもりだったのですが、

     画像の加工がまだできておらず・・・。

     後ほど追加します。



元寇防塁については、この旅行の初日に、ある方からいただいた情報から、急遽訪問を思い立ったものでした。
初日のフライト中にゆうに聞いたところ、「塾のテキストで読んだことがある」と言って興味を持っていましたので、移動中に携帯電話で必死に検索をしました。


福岡でちょっと乗ったタクシーの運転手さんにも、ホテルのフロントの方にも、最寄駅の下山門駅の駅員さんにも聞いてみましたが、どの方も「元寇防塁って?」という反応でした。
史蹟になっていながら、それほど知られていないのか・・・と、挫けそうになったのも事実でした。


そのような状況で、たどり着ける確信も、どんなものがあるのかも調べ尽くせていない中での探訪でした。

実際の具体的な場所もわからない、そのような状態で、復元された元寇防塁までたどり着けたのは、かなり運が良かったと思います。
実際、生の松原海岸に最初にたどり着いた際に、そこで見える石積みのみを見て納得してしまっていたら、写真のブツにはたどり着けませんでした。
またそこから、当てもなく東方向に歩き出したのも、偶然の面があります。
本当にラッキーでした。


欲を言えば、今津にあるという元寇防塁跡に行ってみたかったのですが、具体的な情報が(出先の携帯で検索できる範囲では)より少なかったことと、旅程の残り時間の制約から、そこまでは足を伸ばせませんでした。

まあ、ゆうには非常に有意義な探訪になったので、結果としては満足ですが。


そんなこんなで生の松原元寇防塁を後にすると、もう福岡空港に向かわなければいけない時刻でした。
JR筑肥線~地下鉄空港線で一旦天神駅で下車し、コインロッカーで荷物を引き取り、また地下鉄にのって福岡空港まで。

空港内の売店で2つの店で辛子明太子を買い求め、その他若干のお土産を購入したら、もう羽田へのフライト時刻でした。

最終的に自宅には午後11時30分過ぎに到着しました。


  車車車車車車車車

今回、可能なら更に見に行きたかったところ。


野球福岡Yahoo! JAPANドームのバックステージツアー
普段は選手や関係者しか入れないフィールドやブルペンにも入れるらしいので、見に行きたかったです。
ですが、今回はポケモンフェスタ2009が、もろに同じ日程で開催されていたため、バックステージツアーが実施されていませんでした。
今回の旅行は、ゆう向けの訪問先選定となってしまったため、せめてあいでも楽しめるように、バックステージツアーを体験させたかったのですが、次回----いつ?----のお楽しみとなりました。


船海の中道と志賀島

志賀島は金印が出土された場所ということもあり行ってみたかったのですが、特に何かがあるわけではない割に時間を遣ってしまうため断念しました。
また、あいでも楽しめる場所としてマリンワールドにも行きたかったですが、これも時間上の制約からあきらめました。


そのほか、中洲や天神周辺で散策したり、北九州市にも足を伸ばしたりしたかったですが、さすがに1泊2日では無理でした。


でも、見て回れた場所はあまり多くなかったですが、密度の濃い旅行にはなったと思います。