気になる人がいる
っていう状態は、

自分の中にある
その人への思いが
ちょっと違うということ。

自分のことが
気になるっていうのは、

まわりについて
感じている空気に対し、
自分の存在はちょっと
違うんじゃないかな、
って思うこと。

だいたいは
勘違いかもしれない。

しかし、何かのきっかけにはなる。

好きになったり、
何かのやる気になったり、
あきらめたり、
落ち込んだり…

人は、きっかけがあることで、
変わっていける。

いつもと違う気持ちになること、
それをさせる「違うものの存在」は
嫌なこともあるけれど、
必要なんだなと思う。

辛くて諦めようと思っても、

そこで諦めずに前に進めば、喜びと感動がある。

そこで諦めてしまうと後悔がある。


一生懸命だと自信をなくすこともあるけど
一生懸命だから自信が持てる。

一生懸命だと 笑われることもあるけど
一生懸命だから支えてくれる人ができる。

一生懸命だと泣けるほど悔しいときもあるけど
一生懸命だから泣けるほど嬉しい瞬間がある。

これだから一生懸命はやめられない。

人間は強いものに導かれて強くなるんじゃなくて、弱いものをかばうことでしか強くなれない。

強い人とつるんでいると、自分までも強くなったような気がする。

しかし、そうじゃなかった。という事を知る時が必ずやってくる。

逆に、弱い立場の人々と共にいる時間が長くなると、考える事が違ってくる。

老いた人々と一緒にいる時間には、人生って何だろうなぁ。と考えさせられる。

病に苦しんでいる人々と一緒にいる時間には、それに加えて、社会って何だろうなぁ。なんて考えさせられる事もある。

子どもといる時には、素朴な考え方、物事のシンプルな見方を思い起こさせられる。

私たちは、強くなりたい。と思うことが多い。

成功している人、幸せそうな人を見て、真似ようと考える。

しかし、弱い立場の人々を思い起こさないと、人生の半分を忘れているような事になるだろう。

なぜなら、いつの日か、自分も弱い立場になるからだ。

3年前に50才代の女性から母へ書かれたラブレターをご紹介します。

「闘病の末、73歳で亡くなった母へ、娘として初めてラブレターを書きました。

阪神大震災の記憶とは、切っても切れない母でした」

とのことです。

≪ 大阪市 生野区に住む女性より ≫

お母さんへ。

また1月17日がやってきます。


あの日、阪神・淡路大震災から15年経つのを待たずに、あなたは天国のみんなのところへ逝ってしまいましたね。

大阪に嫁いだけど、もともと神戸市の東灘区出身なので、兵庫県に多くの肉親や友達がいたあなた。

たくさんの愛する人を震災で亡くし、また、たくさんの、震災で心が傷ついた人を励まし続けたお母さん。


震災当日、旅行で愛知県に行ってたことを、ずっと「申し訳ない」なんて言い続けたお母さん。


3年前まで、夜にはスナックに早変わりする喫茶店をキリモリし、がんばったもんねぇ。


震災直後から、被災者支援のボランティア活動に参加して、そこで知り合った被災者の方や、ボランティア友達も、たまに店に招いては精イッパイの食事をふるまって、ねぎらいの言葉をかけて、勇気づけていたね。

自分もリウマチで辛かったろうにね。


今年も成人式の季節だけど、何年か前に、新成人が壇上で挨拶している市長にヤジを飛ばしたり、突き飛ばしたりして妨害したというニュースをみながら、お母さん、こんなこと言ったやろ。憶えてる?


「あれほど成人式に出たいと願ったのに、出られずに死んでいった命を、私はいっぱい、目の当たりにしたんよ。

あの、成人式で暴れている子たちは、何が気に入らんのやろねぇ。

今、元気で生きてるという幸せ以外に、何が欲しいんやろねぇ」


震災で亡くなった、当時・中学生だった友達の息子さんの成人式を、震災6年後の時に、自分の店へご両親を呼んで、ささやかなパーティーで祝ってあげたお母さんだから、その言葉は本当に重かった。


そう、あなたは、未来のある若い人が、本当に好きだったね。


震災当時、交通網はいたるところで断ち切られていて、でも、お母さんは食糧や衣料の支援物資を、歩いてでも運ぼうとしたでしょ。

そんな時、店の近所でタムロしていた暴走族の若い子たちに、なんとお母さん、

「あんたら!

わけもなく走ってんのやったら、バイクにこの荷物を積んで、神戸の被災地に運んであげて。

ガレキだらけでも、あんたら若い子のバイクやったら行けるはずや。

行けるとこまでバイクで行って、アカンかったら、足で歩いて届けて!」

なんて、頼んだそうやね。

私、それ聞いてビックリしたわ。


でも、もっと驚いたのは、その暴走族の子たちが「うん、分かった」って言って、それから毎日毎日、仲間も連れてきて、支援物資をバイクに積んで運んでくれたこと。


あの子たち、だんだん顔つきが変わってきて、

「おばちゃん、俺な。生まれて初めて、人に感謝されてん。

被災者の人らな、自分らが大変やのにな、『兄ちゃんら、事故せんように気ぃ付けて帰ってや。ありがとうやで』って、こんな俺らにな、何回も頭下げてくれんねん」

って、照れながらもホンマ嬉しそうやった。


あの子ら、あのあとすぐに暴走族を辞めて、仕事しだしやったもんね。

店にバイトに来てくれたりもしたね。


なんと、リーダー格の矢野くんは今や三軒も店を構えてる美容師の先生やもんねぇ。


みんな、お葬式に駆けつけてくれたんよ。

お母さんに怒られた話ばっかり、してやったわ。


あなたの思いは、あなたの心は、私たちに刻まれているよ。

確かに、あの子らに受け継がれているよ。


お母さん、ありがとう。 そして、お疲れ様でした。


ゆっくり休んで下さいね。


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このラブレターは阪神大震災にちなんだものです。

1995年・平成7年の1月17日に発生した阪神大震災は、今年で18年を迎えます。東日本大震災などと共に未曽有の大災害として、決して風化させてはいけない出来事です。