初めて松岡 正剛の「編集工学」に接したとき、違和感を覚えた記憶が有る。『17歳のための世界と日本の見方』春秋社(2006)を読んだのである。しかし、いろんな本を雑読するに連れて、著者は必ず編集者に謝辞を述べていることに気が付いた。
作家と編集者の関係、著作を世に出すには、両者ともに必要である、と思うようになった。そして、作家と編集者の関係は、料理における食材と調理人の関係と同じと思い始めた。テレビに現われる鉄人ではないが、料理の場合、主役は調理人である。調理人は、究極の料理を提供するため食材を選ぶ。こんな具合に感じ始めると、編集の重要さに想い至った。しかし、工学と云うには、技術として体系化されていないので、編集学とタイトルを付けた所以である。知識を整理する編集学!
学問は、分ける、材料を集め、分類するところから始まる。私の編集学も中身はまだない。自分の書いた雑文について編集を試行錯誤するに過ぎない状態です。
作家と編集者の関係、著作を世に出すには、両者ともに必要である、と思うようになった。そして、作家と編集者の関係は、料理における食材と調理人の関係と同じと思い始めた。テレビに現われる鉄人ではないが、料理の場合、主役は調理人である。調理人は、究極の料理を提供するため食材を選ぶ。こんな具合に感じ始めると、編集の重要さに想い至った。しかし、工学と云うには、技術として体系化されていないので、編集学とタイトルを付けた所以である。知識を整理する編集学!
学問は、分ける、材料を集め、分類するところから始まる。私の編集学も中身はまだない。自分の書いた雑文について編集を試行錯誤するに過ぎない状態です。
