20代前半、夢を追いかけ芸術専門学校に通っていたころもあった。

そのときの恩師は言った。

 

「真の芸術家とは、10年もの歳月を費やし創った傑作に、その場で火を付け燃やすことのできる人間だ。

作品に込めるのは経済的価値ではない。その作品の生と死を見さだめる美学こそ芸術である。」

 

と。

 

当時のその格言に私は目を輝かせ、1秒でも多く筆を振るった。

しかしようやく、私は芸術には不向きということが分かった。

私は筆ではなく、1秒でも長く家族との時間を過ごしたい。

無論、家族という傑作に火を放つことなんてできない。

 

 

また、20代は音楽活動も意欲的に行っており、

ある仲間は、あれから10年近く経っていまだにバンドを続けている。

妻の出産を期に連絡を取った際、このようなことを言われた。

 

「おめでとう。君の子供が大人になって僕たちの演奏を聴けるようになるまで、

私はバンドを続けようと思う。」

 

と。

 

一見、粋でステキなセリフなのだが、

私は彼が、仕事に、恋に、人生に対し自暴自棄になり

やり場のない感情を音楽にぶつけ、活動を続けているその背景を知っている。

これを指摘すると非難されることは請け合い、

さらにはどう頑張っても結婚生活を謳歌している者からの言葉の暴力になりかねないので、

そのときは「ありがとう」とだけ答えた。

 

少し前までは、正直羨望もあった。

縛られない自由を謳歌する彼らを、逆に。

 

「仮にバンドの定義を、2人以上が音を調和させ楽しむこと とするならば、

私は形態は違えど、愛すべき家族と同じリズムに乗って毎日笑い合っている。

そういう意味では、バンドを続けているのかもしれない。」

 

と、そんな屁理屈でさえ、

今は彼に恥じらいなく言えるかもしれない。

 

変わらないもの、

変わっていくもの、

変わってはいけないもの、

果たして。