それは、11月中旬に、みんたろうが
「ソフトボールを1月でやめる」と言い出したことが発端。
このおおごとを、もちろん
ブログに書きたいと思いながら、
母の気持ちは重たく、
みんたろうの決心が固いのか
時間をおいて確認しようと・・・
そうこうしているうちにクリスマスになりました。
「1月までで」という根拠は2つ。
1つは、みんたろうが得意とする、
ソフトボールチーム対抗のマラソン大会が
毎年1月に実施されること。
ぜったいにこのマラソン大会には出たいと
みんたろうは常々言っていたから。
2つ目は、
どこの中学受験塾もたいていそうだが、
Nでも、2月から、
新6年の新しいカリキュラムが始まるため、
5年カリキュラムの今よりいっそう
塾のスケジュールがタイトになるから。
スケジュール的にも
ソフトを受験まで続けられないことは
わかっていた。母もみんたろうも。
それに、母はどちらかというと
ソフトボールがなければ
もっと勉強時間と時間の余裕(ゆったり好きなことができる時間)がうまれ、
Nスケジュールをこなす上では、
ソフトをやめる事がプラスになるだろうと考えていた。
・・・でも、
焼き肉パーティやら、クレープパーティやら、クリスマスパーティやら・・・
率部会やら、夏合宿やら、バーベキューやら・・・
ソフトの面々との関わりはどんどん濃密になっていたので、
母は漠然と6年の夏休み前くらいまでは
みんたろう自身がソフトを続けたいというのではないかと
(もしかしたらもっと後まで続けたいと思っているのではないかと)
勝手に想像していた。
ソフトを通じて得られる、
人間関係、集団活動、様々な意味での試練、・・・
それは貴重なものだと母もわかっていた。
それでも母は、はっきり言って、
「早朝5時半起きで朝連に来る人だけがえらい」という
信念がしみわたってしまった、
(そう、今年の4月以降ぐらいで急にそんなチームに変わってしまった)
みんたろうの所属するチームが好きになれなかった。
もともと、「耐えて耐えて量さえこなせばそれで満足」みたいな
「みんなで坊主―それが責任をとるということ」みたいな
超体育会系どくとくの雰囲気に母はついていけない。
(ものすごい偏見ですみません。
すべての体育会がそうではないとわかっています)
なによりいつも率先してみんなを引っ張っていくタイプのみんたろうが
いつもいつもベンチから自分のポジションを奪った4年生に
けなげに声援を送る姿を目にしなければならないことに
母はとうてい耐えることはできなかった。
指揮をとっている監督他のやり方は
私の教育方針とは全く相いれなかった。
(単にわが子が試合に出る-出ないということではありません。
ヒステリックな選手交代など、
わが子のことじゃなくても
見るに堪えない光景でした。母には。)
だから、ソフトで経験する副作用は、
みんたろうにとって、
メリットよりも、大きくなってしまうのではないか・・
そういう思いを常々抱いてもいた。
そして耐えられなくなった時には、その思いを、
さぶろうにぶちまけ、当たり散らし、泣きたてたし、
あるまじきことではあるとわかっていながら、
みんたろうを責めてしまうことさえあった。
そんなこんなで、母は、
みんたろうが自分からソフトをやめると言ってくれれば、
どんなにホッとするだろうと、
近い将来訪れるであろう安堵感を想像していた。
なのに、現実に、
みんたろうの口から「やめる」という言葉が出たとき、
母は・・・
頭にもお腹にも心にももう何も入れることができないような
すごくとにかく重たい重たい気分になった。
これってなんていう気持ちなんだろう・・・
そうだ、「哀しみ」が近いかも。
母は自分でもわけがわからないほど、
ただただ哀しかった。
もっと生き生きとソフトを続けられるように
親として支援してあげられなかったこと、
それは、母も父も、
精一杯やったし、信じる道を進んだけど、
申し訳ないという気持ちばかりがあふれてきた。
塾通いと勉強の日常で就寝時間を22時より前にすることはできず、
朝連参加はみんたろうには無理だった。
でも、自分のペースで出来るときには、
さぶろうの都合がつく限り、
素振り、階段ダッシュ、・・
公園で日が暮れても帰ってこない日だってあった。
夏休みは、ラジオ体操の前に毎日練習したし、
おばあちゃんちにだってバットとグローブは持参した。
みんたろうは前向きだったし、じゅうぶん頑張った。
みんたろうが最初に「やめる」と言いだしてから、
数日おきに何度か、
やめる理由、
本当にやめたいのか、
嫌になったのか、
やりたい気持ちが本当はあるんじゃないのか、
少しずつ少しずつ話し合った。
みんたろうが話してくれたことは、
何度たずねても3つ。
理由①「体力的にきつい」
・・・そりゃそうだ。
練習終わって一瞬もホッとすることなくNの授業に行ったり、
Nで遅くなった翌日に早朝5時起きとか、
それでも夜は眠たい目をこすってNの宿題・・・。
試合→テスト→練習→テストなおし なんて日もあったもん。
本当によく体調も崩すことなく両立してきたと思う。
でも頑張ってきたからこそ、
両立する厳しさと困難を身にしみて感じたよね、
それは母も、父も、口で言うのとは違って
想像もつかないほどハードだということが
やってみてわかった。
理由②「ぼくの努力を(チームの誰も)理解してくれないのが嫌だ」
・・・折に触れて、わかってもらえるよう、それとなく、
母も、父も、チームの人に
みんたろうの日常については話していたつもり。
そして、中には、
影からみんたろうの個人的な努力を見守ってくれて、
味方になってくれたコーチもいたんだよ。
でも、みんたろうがわかってもらえないと感じるのは
もっともなことだし、
この件は、みんたろうではなく、父母の努力不足だったよね。
ごめん。みんたろう。
理由③「合格したい。Nのことに集中したい」
・・・この理由が含まれていたことが
何よりの救いでした・・
みんたろうにとっては、
1秒もテレビなんか見ずに
がんばっていても、
監督の目には「欠席の多い子」にしか見えなかっただろう。
なにより、中学受験塾のこのハードな毎日は、
経験した人にしかわからないだろう。
その点は、仕方がないかもしれない。
この1カ月時間をかけて、
みんたろうの前向きな気持ちを確認できたし、
母も、さぶろうも、
気持ちの整理がついてきました。
みんたろうは、秋の学校説明会以降、
だいぶん「受験」を現実的に意識できるようになったし、
先日の模試受験の態度からも、
(先日の模試では、ポカミスが少なく、
みんたろうが精いっぱい集中して解いた様子が
問題用紙への書き込みからもうかがえたし、
当日、えらくテンションが高くて寝付けなかったのも
気を張って頑張ったからではないかと思います)
ここ数日の冬期講習への取り組み方からも、
以前のみんたろうとは違う「本気」が
垣間見えます。
ほんのちょっっっっっっっっっと垣間見えるだけですが・・・(^_^;)
あくまで以前の本人と比べてということですが・・・(^_^;)
でも大きな成長です。
この選択が間違ってなかったと胸を
張って振り返ることができるような、
そんな1年をすごしましょう。
絶対そんな年にしなきゃね。
母も、父も、みんたろうに負けない覚悟を決めなきゃね。
あー本当に、あと1年なんだ・・・。
↓ちょっと重たくなりましたm(_ _ )m↓

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。









虫歯もなくて一安心


をありがとうございました


録画してあるテレビ番組。水曜~土曜で30分番組がザッと4つはある。
),子ども会のプリント作ったり,「学校の用意しといてよ」とか「ごめん!あと夕飯できるの10分かかる」とか言いながら,
・・・・・疲れました
(平均点も高めかもしれないけど)
)を切り上げて,約束の9時に帰宅し,今国語の直しをやっとります。