人里離れた森の中に、二匹の鬼が暮らしていた。



一匹はよくありがちな赤鬼。

そしてもう一匹は世にも稀に見る、もうパッと見でその特別仕様感がほとばしっている黄金に輝く鬼。


二匹の鬼はとても仲良く暮らしていたけれども、ここにきて状況が変わった。



ちょっともう無理だわ、これは厳しいわ!

赤鬼が握りしめていた金棒を地面に叩きつけて言った。


マジで厳しいわ、おい!黄金に輝く鬼!今までずっと我慢してきたけど、もう我慢限界だわ!

お前、何から何まで特別すぎるんだよ!

お前見てると眩しくて眩しくて、オレがなんかめちゃくちゃダサい鬼に思えてくるんだよ。

鬼の中でも赤鬼って言ったらどメジャー中のどメジャー!それがオレだよ!オレは天下の赤鬼様だぞ!

二本の立派な角。

ロシア人ばりに生い茂ってる胸毛。

トラ柄のダメージパンツ。

そして、ザ・鬼の象徴、金棒!

オレこそがパーフェクト鬼なんだ!

それなのにオレのこのお前に対する敗北感はなんだ!



おい!黄金に輝く鬼!

せめて輝くなよ!青でも黄でもいいじゃん!青鬼でも相当な地位だよ?

赤鬼がいて青鬼がいる。

そんな景色が見たいよオレは。


黄金に輝いちゃってるよお前、日に日に輝いていってるよ。

最近は夜感じてないよオレ、お前が明るすぎて。

あれ?ここ南極かな?白夜かな?って勘違いしちゃうくらいだよ。


…角もすごいよ!

三本、めちゃくちゃバランスいい場所に生えてるよ。

もうそこしかないってくらい、神の造形だよ。

そんで、しなりがすごい!角ってこんなにしなるんだってくらい、神のしなりだよ。



で全身つるつる!ムダ毛一切無し!

お前の身体ですべりたい!お前の身体は滑り台!



で何か着ろよ!

なんでそんな全裸で自信満々に立ってられるんだよ!

あんた彫刻だよ!歩く芸術作品だよ!



もうお前となんか一緒に暮らしてられるか!

敗北感で発狂しそうだよ!桃太郎の時のがまだマシだったわ!

オレは出てくかんな!



出ていくなんて言わないでおくれよ。

黄金に輝く鬼が言った。



…僕は赤鬼がいないと何もできない。

赤鬼、君の力が必要なんだ。

出会った時から君は僕の憧れだよ。

赤鬼みたいになりたくて今まで頑張って来れた。

だからこれからも一緒に暮らしていこうよ。

僕がこんなだから眩しくて、最近君が寝れてないのも知ってる…これ…アイマスク…ちょっと気が引けたけど村の人間の女の子と一晩共にしたらくれたんだ。

このアイマスクがあれば夜ぐっすり眠れるよね。

お願いだよ赤鬼!出ていかないでおくれよ!



お前、性格もめちゃくちゃいいな!

赤鬼が言った。


人間の女の子といい思いしといて、ほんとは嫌だったけどアイマスクの為に頑張りましたみたいな言い方だけどうかと思うけど。



…わかったよ、これからも一緒に暮らそう。

なんかオレ恥ずかしいわ、すごいちっちゃなことで悩んでたのかも知れないな。

…で、一個だけ教えてくれよ。さっきオレのこと憧れだって言ってたよな?…そ、そのオレの、どの、どのあたりが憧れなんだよ?



赤鬼のこの質問に対し、黄金に輝く鬼は即答した。



歯並びだよ。



なんとも言えない空気がその場を支配していた。



特に八重歯の感じが。

僕、歯並び綺麗すぎる鬼苦手なんだ。



赤鬼はこのまま肌の色が抜けていって、色無し鬼になるんじゃないかと思うくらいの虚無感を感じていた。


赤鬼は足元に落ちていた金棒を拾い上げようとしたが、ふわふわした握力では思うように掴めず、何回か金棒の握る部分をさすったあと、拾い上げるのをやめた。



なんとも言えない空気がその場を支配していた。


他には?

赤鬼は鬼のくせに虫のような声を発した。


ん?

黄金に輝く鬼が当然のようにもう一度頼むわと言わんばかりの、ん?


…本当は…本当は、オレのどんなところが憧れなんだ?

無意識に歯並びという答えに関しては冗談ということにしよう。

赤鬼の生存本能がそうさせた。



本当は?…いや歯並びだよ!
は・な・ら・び、歯並び。

そしてその歯並びに裏打ちされた口臭かな。

僕、息が爽やかな鬼ってどこいこうとしてるのかなって疑問に思っちゃうんだ。

赤鬼みたいに人間が嗅いだらただじゃ済まない口臭じゃなきゃね。

鼻の奥にむっとこなくちゃ。

むっと。



今オレの目の前にいる、このペラペラとしゃべる黄金に輝く鬼には決して悪気があるわけじゃない。


…価値観の違いだ。


そう思うことにしよう。


価値観が違いすぎる。

ただそれだけのことだ。

価値観が違いすぎる。


赤鬼の生存本能がギリギリそうさせていた…おしまい。
産まれたばかりの赤ちゃん、その子が将来どんな大人になるか知れるとしたら、知りたいだろうか知りたくないだろうか。

どこからともなく現れて、ぼそっと予言して去っていく予言おばばという存在がいるらしい。

予言おばばは赤ちゃんを抱いている母親の耳元に予言を囁く。
この子は空を自由に飛べると囁かれた子はパイロットに
この子は海をも越えると囁かれた子は船長に
この子は命の扱いを知っていると囁かれた子は医者に

その予言が外れることはないという。

羽鳥家にも子供が産まれた。

どうなの?予言おばばっていつ来るの?
羽鳥家の大黒柱となる男、わし男も勝手がわからないのであたふたしている。
友達に聞いたところによると夕飯時に来てそのまま若干のご飯を食べてから帰っていくらしい。
麻婆豆腐の日に来たらしい。
予言おばばしっかりしてんな。

羽鳥家も夕飯は麻婆豆腐を用意して待っていた。
わし男の妻すずめが息子たかしを抱いておっぱいをあげていると、チャイムが鳴った。

わし男が玄関のドアをあけると小汚い老婆が立っていた。

うわーこれもう絶対、完全に予言おばばじゃん。普通に玄関から入って来るんだ。

わしはよく予言おばばに間違われるけんども、予言おばばではないぞい。
予言おばばが来るか来ないかを予言おばばじゃ。

予言おばばが来るか来ないかを予言おばば。わし男は超絶にめんどくさいと思った。
マジか、こんな二段階右折みたいな気持ちはじめて。

予言おばばが来るか来ないかを予言おばばの!予言おばばが来るか来ないか予言!スタート!

予言おばばが来るか来ないかを予言おばばの予言がうざい感じではじまった。

…来ない!

え?わし男は耳を疑った。
思ったより早く予言出たなっていうのもあるけど、来ないの?
超楽しみにしてたのに、チョーー!

…と見せかけて来る!

わし男は目の前の老婆の頭を吹き飛ばしてもよかった。
しかし我慢した。

来るよー来ないよー来るよー来ないよー!…わかんない!実際のところわかんない!マジでわかんないわかんない!
軽快なリズムで叫ばれていった。

わし男は目の前の老婆の首を握り潰してもよかった。
しかし耐えた。

これで決まりだ!これで決まりだ!…来る!

そういうと予言おばばが来るか来ないかを予言おばばは羽鳥家に上がり込んで麻婆豆腐をあるだけ食べて帰っていった。

そして予言おばばは本当に来た。
予言おばばが来るか来ないかを予言おばばと違ってめちゃくちゃ感じの良い方だった。

この子は空を飛べると囁いて、麻婆豆腐とライスをバランスよく食べて帰っていった。

たかしは将来パイロットだな。わし男は嬉しくて嬉しくて、我が子が誇らしかった。

たかしはパイロットになるだけあって頭が良かった。
ただ少し心配だったのは、肥満体型であるということだった。

たかしは日に日に太っていった。
たかしがこのままパイロットになって飛行機を操縦したら、飛行機ちょっと前に傾くよね。ぐらいは平気で太っていた。

高校でのあだ名が風船マンで定着した頃、たかしは本当に風船のようにちょっと宙に浮いた。

わし男とすずめは顔を見合わせて、あ、そういうこと?と合点がいった。

予言おばばの空を飛べるとはガチで空を飛ぶということだったようだ。

翼はえて天使のように優雅にでもなく、スーパーヒーローのようにかっこよく飛行するわけでもない。

羽鳥家の長男たかしは風船マンなのだ。
このまま膨らみ続けて、ただただ浮遊し続けるのみ!
何度でも言おう!羽鳥たかしは天涯孤独の風船マンなのである!

予言おばばの予言は決して外れない。

我が子たかしが風船マンであると確信した晩、わし男はすずめをめちゃくちゃに抱いた…おしまい。
とある山奥に人口少なめのムラ村という村があった。

ムラ村だからといって住んでいる女の子がみんなシースルー気味であるとか、葉っぱもしくは貝殻しか身につけていないというわけではない。

村のネーミングについては村長のセンスとしか言いようがない。

至ってごくごく普通の村なのだが、唯一特別なところをあげるとすれば不思議な泉があることだろうか。

なんでもその泉を覗き込むと水面に前世の自分の姿が映るとムラ村中で噂になっていた、みんな実際そのことでムラムラしていた。ムラ村がムラついていて、なんなら歳頃の反抗期の子供らは本来オラつくべきところでも無駄にムラついていた。

泉を覗いた者はみな前世の姿の話をしていた。

そんな中、一人だけ自分の前世の姿なんか一切興味のない男がいた。前世家の長男、馬之助だ。

なにが前世だよ、前世なんて関係ないだろうよ。なにが楽しいのかねほんとに、大事なのは今だろ今。

なにがあーー私タヌキだったの!タヌキ!もうほんとショックーー!でもタヌキってよーく見たらつぶらな目してて可愛かったけどね。だよ。
あんなもんキンタマ袋が無駄に垂れてるアホ丸出し毛むくじゃらだろお前。

やったやったー!私この前行ってきちゃった、どこだと思う?
前世の泉しかねぇだろ!こんなクソみたいに萎びた村、行くとこ前世の泉しかねぇだろっての!
で、最初にやったやったー!って言っちゃってんのはなに。
前世なんだったと思う?
知らねぇよ、やったやったーって言うくらいだからイヌとかネコとか人気あるやつだったんだろどうせ。

サイ君。サイ君だったのやばくない?うらやましいっしょ?私もう超テンションあがって前世の泉にダイブしたかんね。服は脱いでからダイブしたよー服脱いでからに決まってんじゃん、マジでどうした?

普通テンションあがってダイブなら服着たままだろ、どっちかっていうと。なんで服脱いでからに決まってんだよ。お前がどうした?
で、サイだったんだ。よくそんなゴツい感じので喜べるね、どうした?
で、なんで君付けなの?サイ君?彼氏?

村中がこんな感じ。
オレは絶対、前世なんか見ないぞ…
馬之助はこう文句を垂れながらもほんとは少し興味がありました。
単純に前世の話してる女の子とかなんかキラキラしてる楽しそう。オレも楽しく過ごしたい。
そう思っていました。
しかし複雑な環境で育った馬之助はなかなか素直になれなかったのです。

前世家はムラ村の中でも膨大な土地を持つ地主中の地主で超大金持ちでした。
しかし両親は馬之助が幼少の頃、ムラ村を出たきり帰ってきません。
それからは女中のおきぬに育てられました。
馬之助はおきぬが大好きでした。もう大好きすぎて、おきぬが絶対喜ぶと思って、おきぬが布団で寝ているところを巻いてロールケーキみたいにして、そのまま前世の泉まで運んでおきぬの寝顔を水面に映したりしました。
後日、馬之助がおきぬの前世の姿を話すとおきぬは大喜び。
おきぬは馬之助が前世の泉の文句を言っているのを知っていたので、自分も馬之助様と一緒で泉を覗き込むことはしまいと決めていました、そんな中でのサプライズだったのです。

おきぬの前世はトイプードルでした。
やばいわ、やばい。やっぱりおきぬは超可愛いよ、結局そうなの結局そういうもんなの。可愛い子は前世もそうなの。
タヌキとかサイとか話になんないよね。

馬之助はおきぬが大好きでした。

一ヶ月前、おきぬは病死しました。
馬之助はおきぬが起きぬ!おきぬが起きぬ!と取り乱しました。
馬之助の精一杯のオヤジギャグでした。

そんなことがあって馬之助はよりいっそう前世の泉できゃぴきゃぴ楽しそうにしている人達を見ると、文句を言うようになったのでした。

しかも前世家で馬之助って…ほぼほぼ、ほぼほぼ自分の前世はなにか、ほぼほぼ、ほぼほぼ分かっていたので。

馬之助は親の残した財産を食い潰しながら体たらくな生活を続けていました。

もう死のう。

どうせ死ぬなら前世の泉で溺れ死んで、村の奴らに二度と前世の話で楽しい思いをさせないようにしよう。

馬之助は生まれてはじめて前世の泉に行きました。

こんなクソみたいな現世でも、これから死ぬってなると名残り惜しいな。
父上母上、わたくし馬之助はもう貴方方を恨んでおりません…おきぬ…すまぬ。

腰まで浸かったあたりだったでしょうか、馬之助は虚ろな視界の中に自分の前世の姿が映っていることに気がつきました。

あ、そうか…死ぬ前に見とくか…

どうせ馬なんだろ…

……きもちわる…それが感想でした。

馬之助の前世は馬ではなく、なんかよくわかんない、口のまわりの牙みたいのがうにゅうにゅ動いていて、なんか宇宙人みたいなプレデターみたいな…

触覚みたいのもあるし、顔の表面もヌルヌルしてそうな質感の…けっこう笑えない感じのクオリティの化け物でした。

馬之助は前世の泉にこれでもかという量のゲロを撒き散らしました。

これ無し、これ無し。これはやばいわ、無いわー、これは違うって、違うってーーもう。

おきぬと一緒に見に来ないで良かったー、マジで良かったーー。
絶対嫌われてたもん。
こんな気持ち悪い前世。

なんかどうでも良くなっちゃった馬之助はそれからというもの、めちゃくちゃ働きました。
もうIT、IT。ムラ村があっと言う間にシリコンバレー。
おきぬみたいな女の子と結婚すると思いきや、ゴリゴリのパツ金パツ金、ザ・アメリカンみたいな女の子と結婚。
めちゃくちゃ働きましたとさ…おしまい。