ダダ散文 -64ページ目

賢者とのある白昼夜

「わけ分かんなくなっちゃうんだよ。本当に馬鹿になったみたいさ」
私は座りこんでる原っぱの草をぶちぶち右手で切りながら俯きながら言った。
賢者は私の横に立って、いつものように表情の掴めない顔で煙草を吸っていた。
「自分が何も望みを所持していない事を感じるからかい?」
私はこくん、と俯きながら頷いた。
風がひとふき吹いた。
「この場所では君はそういう事を考えていても、そんなふうに俯く必要は無いじゃないか」
私は反射的に顔を上げた。
賢者が煙草を片手に持ちはははと笑ったからだ。
「ねえ、そうだろう。君」笑いながら私の顔を覗き込んで、何て顔をしてるんだいと肩を竦めてみせて又すぐ笑顔で私に言う。
「君らしくもないよ」
私はぐちぐち弄んでいた草をちぎって手のひらを開いた。すると全く当然のタイミングで風がびゅう、と吹き、私の髪を流しすすけた緑色の草を何処かへとあっという間に散らした。
私は手の平を見つめるのを止めて、原っぱの先を見た。
「そうだろう?君?」
賢者は笑うのをやめて人間ではない目を私に向けた。
「‥‥そうだね。‥‥そうだった」
「今日は珍しく良い風が吹くよ」
賢者の言葉に頷いた時、はたまたひとふきの風が私達を煽った。

賢者とのある一夜

「本当の癒しって何なの?」
「そうだな、適度をちょっと超えて働き続けたらどうだい」
私の質問にぼさぼさの頭をした賢者は何でもないように答えた。
私と賢者は地平線の見える原っぱに隣並んで腰かけて座っていた。
原っぱは原っぱで、どこまで首を回しても原っぱだ。
「嫌な所をしらっとつくね」
私がそう言うと賢者は何にもない前方を見てるんだか見てないんだか、見て言う。
「私は君の事を知っているからそう答えるのさ」
「世の処世術ってやつかい?」
私が口の右端を少し曲げて笑うと、賢者はくるりと首を回して私を見た。
「そうじゃないさ。世の中のじゃなく、生の、さ」
分かってるだろうに、という風に言うと、君の場合はね、と呟いた。
「君はホームレスになれてしまうからね」
「そうなんだ。本当は欲しいものなんて一つも無いんだよ」
私が答えると、どこがどうなっているのかさっぱり見当のつかない懐からぼそぼそと煙草を取り出しマッチに火をつけた。
「賢者さんも煙草を吸うのかい」
私がそう聞くと、賢者は心持ち片眉をひそめて
「他の方々はとんと知らないが私は吸うね」
そう答えて煙をすうっと吐いた。
「あとはそうだね、一日も空けずに予定を入れる事かな、自分の意思に関わらずにね」
「Aがやってるよ」
私は友人の顔を思い出しながら続けた。
「でもAは子供を産む事に賭けているんだ」
賢者はふうん、と軽く頷くと
「つまり、彼女は諦めたわけじゃないんだね」
「そうみたいだね」
「ふむ」
賢者は神妙に頷いて、又私を見ながら
「で、君には賭けるものが何も無い、と」
私は賢者から目線を外してだぼついたポケットから自分も煙草を取り出し思いきり煙を吸いこんだ。
「君は彼女とは違うね。彼女は何とか受け入れようと策略を立ててるが、君は真実を捕まえて離そうとしないんだ」
私はぼんやりしてきた頭で又強く煙草を吸いこんだ。
「出来ないんだよ。何故か知らないけど」
賢者は短くなって燃え続ける煙草の先を見つめた。
「君は諦めるのが不得意だね」
「別にそういうわけじゃないよ。別に何にも意識してはいないよ」
素直に私は答えて、私も煙草の先を見た。
先はじりじり燃えてただつまらない灰へと変わってゆく。
「君は諦めて受け入れる事も出来ず、そして賭けるものもこの先持ってはいないんだ」
「‥‥‥」
私はただただ原っぱから隙間見える地平線を見ていた。
そしてただただ煙草を吸い続けた。
吸い終われば新しい煙草に火をつけた。
脳みそは確信の瘤を持ち頭はひたすらぼんやりした。
「君は賢者になれないしね」
若いんだか年寄りなんだか全く歳の分からない顔した賢者はつと首を振る。
「なれないさ。人間だしね。そもそもなりたいとも思わないよ」
さもありなんとばかりに賢者は頷くと
「だろうね」
そう答えて煙草をぽいと指先でつき飛ばした。
「たまにあんたの事が酷くむかついて仕方なくなったりするし」
「だねえ」
少しも表情を変えずに賢者は答える。
「私は賢人ではないからね。人間じゃあないし」
「賢人なんているわけ?」
私は少し興味を持って聞いてみた。
「さあさね。私はお目にかかった事が無いが」
「私はお目にかかりたくもないよ。まあお目にかかったとしてもだよ、私には何にも関係が無い」
「だねえ」
賢者は口癖になってる言葉を言いつつ首をふりふりしてみせた。
「問題は、さ、‥‥いや、問題でもないんだけど‥」
瘤の重さを感じながら私は少し躊躇いを感じて、目をさまよわせた。
「うん。分かっている。君の事は知っているよ」
賢者は事もなげに答えて、私の目を見つめた。
見つめたので私は視線を外して又原っぱの地平線に目を向けた。
「そう‥‥だから、いや‥‥違うな‥うん‥‥」
気がつくと私は座りこんでる地面をじっと見ていた。
「‥‥‥」
しばらく沈黙が続いた。私は脳みそにある瘤に触れない事に少しほっとしていた。
「君ももう若い方ではないさ」
いきなり頭の上から賢者の言葉が降ってきたので私は顔を上げた。
「若い方ではなくなった。そして君は歳をとる。そして何より君の寿命が長いなんて決まってやしないんだ」
「うん‥‥そうだね。いつ病気にかかるかも分からない」
「君の人生がこの先も長いなんてのは決まっちゃいないのさ」
「うん‥‥そうだね‥」
それきり賢者は黙っていた。しばらくして又ごそごそ煙草を取り出し火をつける。
私も又煙草を取り出した。
それからずっと二人とも言葉を聞かずに、煙草を吸い続けた。
煙草を吸い続けながら私はこの原っぱに平穏を感じた。
「何故私はずっとここにいる事が出来ないのかな」
「それはここが四次元だからさ。存在するけど形而上の場所だから」
「夢かい?」
「夢じゃあ無い。でも君はここにずっといる事は出来ない」
珍しく可哀相な顔で賢者は私をまっすぐに見つめた。
私は焦って目をしばたたかせて
「分かっているよ」
急いで答えた。
「又来ればいい。私はずっとここにいるし」
「うん」
やっぱり又目をしばたたかせて私は答えた。

2010/02/09

唾棄する力も無く

愛しきものを腕する力も無く

かと言って
立ち続けられず



私には無理なのです


もう無理なのです

すべてが無理なのです


さよならも

有り難うも

ヘイトも

自己嫌悪の癒しも


もう無理なのです


すべてが無理なのです