エジソンから始まる長い歴史を持つ電蓄。僕にものごころがついた時 家にはプレーヤーがあり、童謡や漫画の主題歌などはソノシートで聴いていた。
しかし1970年頃からトランジスター技術の進歩により 電蓄はステレオへと進化し カラーテレビ同様 リビングや応接間を陣取る贅沢グッズとしてセパレートステレオが登場した。音響専門業のビクター、パイオニア、コロンビア、トリオ、オンキョーなどに加え 総合家電6社も販売訴求に本腰を入れ始めた。しかし白物イメージの強い家電メーカーは 海外市場を狙ってなのか それぞれ自社名を伏せ、独自の名前をつけ 売りだした。 松下はテクニクス、三菱はダイヤトーン、東芝はボストン、日立はローディ、シャープはオプトニカ、サンヨーはオットー だった。
当時の一番印象に残る宣伝は「LET IT BE」を歌うビートルズを使ったボストンだった。いったいギャラはいくらだったんだろう?
また歌謡番組で幸運な視聴者に当たる トリオのプレイステレオ。 リズムボックスが付いていた。ロック、ボサノバ、サンバなど 素晴らしいものだった。マイクミキシングも可能だったが カラオケが普及していない当時 どうやって使ったのだろうか? しかし子供心はこのステレオに興味を持った。
ところが家のご用達電気屋さんがナショナルだったので 登場したのはテクニクスだった。今のサラウンドの前身のマトリクス4チャンネル機能を搭載。別売りのディモジュレーターをつけるとディスクリート4チャンネルになるが優れものなのか否か、この機能を発揮することなく姿を消したように思う。ともあれ立派なステレオであった。
このステレオで始めて聴いた曲は小学校でレコード鑑賞で大好きだったビゼーの「アルルの女 メヌエット」だった。当時クラシックが好きで わかりもしないくせに ヘルベルト フォン カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団のレコードを買った。指揮者や楽団を 指定しなければ半値で買えたのになぜかこだわりつづけた。・・・いまだに尾をひいているのか財布の中は いつもカラヤンだ! えへん
もちろん家庭に1台 家族共有財産だから 当然のごとく占有時間をめぐるトラブルはつきもの 兄とはよく喧嘩したものだ。したがって兄の趣味だった洋樂は耳についた。 兄が初めて買ってきたレコードは チェイスの「黒い炎」。そして みるみるうちにビートルズが揃っていき シカゴ CCR・・・・いつの間にか自分もはまっていった。
そして8年歳下の弟は 「およげたい焼きくん」
父は 「藤山一郎ベスト」
母は「グレンミラー楽団」だった。
初めて買った一枚のレコードは印象深く 自分の歴史にはっきり残っているが 初めて買ったCDは思い出せない。単にレコードの延長で 家にステレオが来た時の感動もCDの時にはなかったのだろう。
昭和に生まれて 一世風靡しながらも平成に持ってこれなかった あの大きなセパレートステレオ。
捨てきれず 今では物置の片隅におかれ、ほこりにまみれたレコードたち。僕の青春をありがとう、そして お疲れ様。
レコードプレーヤーもみかけなくなった今では 僕の記憶のプレーヤーで永遠に回転してほしい!