少し時代が進み カラーテレビの普及が一段落した1974年頃のお話だ。誰もが経験していると思うが 必ず親に「テレビばかりみてないで勉強しなさい」といわれたはず。なぜ怒られるかといえば 勉強してほしい期待よりも むしろ親自身がみたい番組があり、当時まだ家庭に1台しかないカラーテレビを占有するには 一番簡単な言葉だったのだ。 

 ところがエアチェック ラジオブームが訪れる。おもにAM波なんだが 地方放送局だけにあらず 中央局のかすかな電波を受信する。そして報告書をおくると べりカードという受信証明書が送られてくる。それをコレクションするものや誰もが受信できない都会の放送をいちはやく知ることは 自慢の対象になった。

家電各社もこの流行にのっとりポータブルラジオより大きく 多彩な性能搭載機を発売した。ジャイロアンテナと呼ぶAM波アンテナが本体上部にあり回転し感度のよいところを探すもの(ナショナル クーガ7)やAM.FM.そして短波を3波搭載した5バンド内臓のもの(ソニー スカイセンサー)が人気を集めた。ラジカセも発売していたがラジオ単体に人気があった。


クーガ7 5800

このラジオを買えば 日本中すべての放送局が聞こえると 誰もが思っていた。

結論は既存のラジオとなんらかわらないものだったが とにかく流行だったので 深夜放送はこれでききたかった。ちなみに僕はお年玉や小遣いをため 質流れのスカイセンサー5800を手に入れた。 親友のシマチンも5800を持っていたが僕のにはキャリングケースがついていたので少し満足だった。ヤッチンは5500で クチッチは5700だった。5800はそれらの後継機種で若干性能がよかった。勉強机には教科書より中央にあることが多かったことは言うまでもない。なぜかまわりはソニーのスカイセンサーが流行っていた。     結局雑音の多い遠い局はすぐに飽きてしまい 地元の放送局(TBS系)を聴いていた。

 よく聴いた番組

1、オールジャパンポップス20

  みの もんたさんのDJで洋楽のカウントダウンだった。毎週視聴しノートにつけている者もいた。カーペンターズ、ミッシェル ポルナレフ、ポールマッカットニー&ウイングス、ジョンレノンなどは 必ず上位をしめていた。 ギルバートオサリバン、アルバートハモンド、ロギンス&メッシーナ、Tレックス、スリードッグナイト、スージークアトロ、スりーディグリーズ、ベイシティローラーズ、シカゴ、チェイス・・・とにかく必死に覚えたものだ。

2、日立ミュージックインハイフォニック

  日立が冠スポンサーの音楽もの。テーマを決めて特集が組まれる。イントロのないビートルズ特集(エリナーリグビー、ガール、キャントバイミーラブ・・・・・)や 題名に色がつく曲特集(黒い炎、紫の炎、灰色の朝・・・) なかなかおしゃれな選曲だった。

3、オールナイト日本

  これを聴いてないと翌日の話題についていけないこともあった。サンデースペシャルは鶴光だった。

4、パックインミュージック

  上記の対抗番組 うちのクラスでは女の子に人気があった。