前回の、三国志13PKの記事で申し上げましたが
最近ずっと岩波文庫の『完訳:三国志』を読んでおりまして、本日読み終わりました。
私はただ通読しただけでして、正史三国志と併せて読んだわけではありません。
知識もほとんどありません。
ただ一言でいわせていただけるなら、
面白かった!
三国志演義は「通俗的歴史小説」と説明されることが多いですが
まさしくその通り、カジュアルな面白さ、わかりやすさが非常に魅力的だと思います。
作者も読者を楽しませることを主眼に置いていることがよくわかり、
歴史的に重要ではあるが読者には難しすぎることを省き、
わかりやすいドラマを鮮やかに描くことにより、読者の心を離さずに長大なスケールの物語を
こんこんと流れる川のように語っていく、その技術は並大抵のものではないと思われます。
私は読み始めてすぐのころ、
「この小説は歴史物語というより、英雄伝のようなものだ」
と感じましたが、それは序盤で顕著なだけで、
実はこの小説は一つの形式を取ることがなく、
①あるときは、英雄の功績を主眼に置いた形式になり
②あるときは、仁義を説く、教養本のような形式になり
③そしてまたあるときは、奥深い策略や外交を主眼に置き
④そしてあるときは、戦場での戦術を細かく述べる叙述に変化します。
なんらかのテーマを念頭に各ストーリーをまとめたものではなく
どちらかといえば「面白いところ」を貪欲につまみとり、各所に散りばめた小説だと言えると思います。
そういう意味でもこの作品は「通俗的」なのであり、カジュアルな面白さが売りということになります。
戦場では主に英雄達が一騎当千の強さを見せつけます。
特にこの描写は序盤で顕著なのですが、主役格の劉備や関羽、張飛だけでなく
途中から劉備陣営に加わる趙雲や、曹操陣営の夏侯一族や、のちのちに独特の存在感を誇る張遼、
孫三代を支える強力な武将達の、他を圧倒する鮮やかな活躍が目白押しです。
序盤のハイライトである反董卓連合軍、そして呂布討伐戦、そして官渡の戦い及び関羽千里行では、曹操陣営や劉備たちや、孫堅孫策の配下たちの他を圧倒する強さ、超然とした英雄的振る舞いが主題であり、ドキドキワクワクするエキサイティングなストーリーが展開されます。
中盤になってくると諸葛亮が登場し、あの有名な「赤壁の戦い」が開始され、呉の周瑜との丁々発止の知略戦が行われます。一騎当千の武者模様はなりを潜め、知と知のぶつかり合いが主題になってきます。
後半では戦術的描写が主になってきます。劉備、関羽、張飛は死に、曹操も世を去った後は、名だたる英雄達も次々と死んでいき、やや地味だと思うかもしれませんが、諸葛亮と司馬懿との息詰まる知略戦は見応えがあります。
諸葛亮が亡くなった後の終盤戦では、やや同じことが繰り返されるような感じがありますが、戦術的視点の描写と、魏の司馬一族による政変がハイライトです。蜀も呉もその後は衰退していき、暴政が行われるようになったため、司馬炎が晋の皇帝として三国統一を行います。
三国志の大きな魅力の一つとして、やはり現代でも生きる思想が描かれていることが挙げられます。
まずは劉備の仁徳。
仁徳といっても抽象的で曖昧な概念だと思いますが、
劉備は曲がったことは大嫌いで、強きものをくじき、弱きものを助け、義理と人情を大切にする。
ここに現代でも大切なことが描かれていると思います。
権力というのはたくさんの人を狂わせていきます。その中で劉備は自身の信念を失いませんでした。
人にへつらうことがなく、一度戦った敵でも必ずこれを許し、相手の立場を尊重する。
国難を救うという大義のために、己を捨てて戦い続けました。
特に受けた恩に対する義理は必ず果たそうとしました。諸葛亮が諫めても、そこはなかなか変えようとしませんでした。
その義理に対して、徹底して従順になろうという劉備の仁徳こそが、彼の魅力であり、弱点であったのかもしれません。
時にはずるくなる事が必要であることも、三国志の物語は示しています。
それが曹操の行動哲学。
「曹操は悪人」と断定されることが多いと聞きましたが、それは儒学思想における独断的な見方に過ぎないと思います。
曹操は日本での織田信長に比すべき人物であり、その最たる特徴は「行動力」と「遠い先まで見すえたビジョン」にあると思います。
本を読んでいると、曹操は常に行動し続けていることに気が付かされます。劉備や孫権は鬱々とした日々を過ごしていたり、現状維持で長い間大きな行動を取っていない描写があります。
曹操はとにかく素早く決断し、行動する。
失敗すれば反省点をすぐに見つけ出し、周知徹底する。
また部下に対しては非常に手厚く恩賞を与え、言葉を尽くしてねぎらう。
彼の行動哲学は、非常に中道的であり、科学的合理性があります。最小の手間と最大の効果について常に考え、政治的駆け引きの場では、冷静に相手の出方を先読みし、うまく策略にかけることを狙います。
彼は時に冷酷になりますが、なにも性根が冷酷だからではなく、それが全体の運営に役に立つかどうか、それをストレートに考えられる合理的な性格があるからだと思います。
また彼は部下を極めて厚く信頼し、負けても「勝敗は兵科の常だから」となかなか罰しませんでした。命令を無視したとか、極めてまずい戦術を用いたとか、誰が見ても明らかに責任があり、放置すれば悪い影響が全体に及ぶ場合のみ、彼は明確な理由を明かした上で罰しました。
これは部下に対する最高の態度になります。箇条書きにすると
①賞罰の基準が明確である。
②合理的根拠に基づいて、計画、行動し、反省点を見つける。
③組織の方向性が常に明確である。
④門地にとらわれず、行動によってのみ評価される。
⑤常に部下に気を配って言葉を尽くしてねぎらう。
曹操は常に遠大な目標を抱いている人物だと思います。
だから行動に迷いがなく、果断で部下に慕われるのです。
劉備は義理に縛られて身動きが取れなくなった時がありました。そんな劉備を慕った人々もたくさんいましたが、
曹操はそういった事情にとらわれず、合理的に総合的に方策を検討することができたので、
多くの人に恨まれつつも、結果的に三国統一の礎を築いたことになります。
これは現代の行動学でもなかなかに難しいことだと思いますので、言葉を重ねて説明してみました。
そんな曹操でも、先を読むことで敵わなかった人物が一人います。
それが諸葛亮。
諸葛亮の描写については、ややひいきしすぎでご都合主義のような気もするのですが、
彼から学べる一つの重要なこと、それは
相手を知って先を読む。
これに尽きると思います。ただ諸葛亮は味方に対してだけはかなり甘くなってしまうのか、
「泣いて馬謖を斬る」のエピソードにもあるように、任務が過大かどうかの見極めが付かなかったり
怒れる劉備に献策をしないまま、自分は魏の応戦に出向いて大敗の要因を作ったり
味方に対しても厳しくなれる曹操とは違い、大国を率いる才は無いような気もします。
しかし軍師として、戦略戦術面では他を圧倒する強さを誇るので、その彼の強さの秘密を調べてみると
とにかく相手を知る。
そして相手が特定の行動をするように仕向け、裏をかく。
これに尽きるのではないかと思います。
孫子の「兵は詭道なり」の言葉にあるように、諸葛亮はとにかく人を騙します。
相手に特定の行動をするように仕向けることによって、相手の状況を精確に想定し、弱点を突く。
それには常に相手のことを調べ、行動パターンを知ること。常に起こり得るべき事態について想定すること。
その抜け目の無さ、が諸葛亮の強さです。
私もこの本を読んでいて、勝負事というのはまさしく騙し合いだということがよく分かりました。
人を騙すことができない人は、やはりどこか勝負には弱いのだと思います。
優しいかどうかは置いておいて、必要な場面で冷徹になれるかどうか、そしてそのために常に準備することが出来るかどうかが、勝敗の分かれ目と言えるかもしれません。
個人的に最も好きなキャラクターは曹操。
こういう歴史モノって、どうやって人を引き込んで、大きな勢力を作っていくのかも見物ですが
曹操や劉備、孫策といった人間は、知らず知らずのうちに人を惹きつけていくものなんですね。
打ち破った相手に対しても、簡単に処断したりせず、手を差しのべる。すると恩義に感じた敵は全員味方になってしまう。
そういうシーンは数多くありました。
敵をやっつけるだけではなくて、その後のことも考えること。新しい土地を治めるには、その地に親しんだ人物がいた方がいいに決まっていますからね。
余談ですが、あれからまた少し「三国志13PK」をやってみましたが
やっぱり「三国志演義」とは別物と考えた方がよさそうですね(´・ω・`)
ぼちぼち遊んでますが、一通りやりたいことをやり終えたら売っちゃおうと思います(-_-)
そして『完訳:三国志』は誇らしげに我が本棚へ……(*^_^*)
