中国の古の都から
帰ってきたのも束の間
またしても出張(遊び)に
お出かけするだーちょーでございます。
直行便がないので、
ドーハで乗り継ぎ
今回やってきたのはこちら
チェコのプラハです。
長らく神聖ローマ帝国の
首都となっていた都市
中国の古都に続き
ヨーロッパの古都を
訪れました🏰
(目的は古都巡りではないですが🙈)
チェコは、
歴史ある都市というだけでなく
個人当たりのビール消費量が
世界一という国で、
またピルスナービールの
発祥の地でもあります。
その代表格がピルスナーウルケル
そのピルスナーウルケルに
敬意を評して、まずは🍻
今回もいちおう
会議があってきたのですが、
プレゼンはないのでお気楽そのもの
(あってもお気楽ですが)
お宿も、街中の
こんなアパートメントに。
今や完全コンタクトレスの時代。
事前にオンラインで
個人情報を入力しておくと、
アクセスキーがメールで送られてくるので、
それでチェックイン手続き完了。
プラハに到着したのは朝だったので、
アーリーチェックインをできたらなぁと思って、
試しにメールしてみたら、
すぐに対応してくれました🙌
チェックインしてのお部屋はこんな感じ
広々として、
天井も高く、
バスタブまである!
部屋からの眺望もサイコー🙌
これで一泊1200HKDというのは
なかなかお得
チェコは、
ヨーロッパ一物価が安い
と言われているようで、
そのほかの物価も
かなりお安めでした。
お部屋にチェックインして
街中でもう一杯🍺
それにしても、
街の中心部は、
どこを切り取っても
美しすぎて、
キリがありません😅
一休みして、夕方は
プラハの中心を流れる
ヴルタヴァ川の
ディナークルーズへ🚢
ヴルタヴァ川はチェコ語で
ドイツ語だと
モルダウ川という名称
そう!
スメタナの「我が祖国」の、
モルダウとはこの川のこと!
歴史の流れに翻弄されてきた
チェコの歴史に想いを馳せつつの
ゆったりとしたクルーズ
沿岸には、
数多くの歴史的建造物が立ち並び
それだけでも大満足
しかも今回のディナークルーズは3時間!
えらい長いクルーズだなぁと思っていたら
それもそのはず
途中に閘門があるんですね!
一昨年パリに行った時は
遠くから眺めるだけでしたが、
今回は船にのって通過できるとは!
感動です🙌
随分と低かった水位も
上流側へ出て行く時には
すっかり高くなって
こんな感じに!
閘門が閉まって水位があがるまで
20−30分ほど
一度に3−4隻入るので
その調整にも時間がかかり
それを行きと帰りに
通過するわけですから
それだけで3時間のうちの
半分くらいは使ってしまいます
だからこその
3時間の予定だったんですね😆
待っている間に岸壁に佇む猫ちゃん
哀愁を感じます🍂
閘門を越えて、
船は上流へと進んでいき
見えてきたのはこちら
ダンシングハウス
ちょっとこの角度からだと
わかりにくいですが
男女がダンスしているかのような
見た目からこう呼ばれているそうです
こちらはビロード革命後の
1992〜1996年に建てられたもの
中世から現代に至るまで
プラハはさまざまな様式の
建築群の宝庫
もう少し予習してくればよかったと
ちょっと反省😆
そして見えてくる
二つの尖塔は
聖ペテロ聖パウロ教会
この教会とその一帯が
ヴィシェフラドという城址のようで
「わが祖国」第一楽章のタイトル
「ヴィシェフラト」はこのことを
謳っているらしいですね
こうした古城をみると
常に思い返されるのは
「夏草や
兵(つわもの)どもが
夢の跡」
という芭蕉の句
かつて栄えた場所も
数百年建てば
遺跡や観光地と化す
今我々が生きている場所も
永遠ではなく
世界の中心であるかのように
振る舞っている国家でさえ
いつかは
没落する
それは歴史が証明している
ことなのになぁ
などと思いつつ
もう少し上流へ
ヴィシェフラトを過ぎたあたりから
沿岸の景色は、
一気に緑が増えてきます🌳
プラハの街が
中世から続く都市でありながら
自然との距離も非常に近いということが
伺われます
そしてUターン
それにしても
この時点で午後8時半
プラハは北緯50度に位置し
ほぼ樺太と同じ緯度
日没時刻は、北へ行くほど遅くなり
この日の日没は21時20分
21時も過ぎて
ようやくそれっぽくなった
夕焼け空を見ながら
再び閘門を通って
スタート地点まで戻ってゴール
22時でまだこの明るさ
船着場から
アパートメントまでは
歩いて20分ほど
まだ薄ら明るいし
人通りも多いので
安心して観光しながら歩けます🚶
アパートまで戻って1日目終了
プラハに何しにきたって?
あ、いちおう仕事ですよ🙈























