初演の感想はコチラ

再演の変更点、等。

まず、春さんが下手に有るドクロをみる。
暗転、下手のドクロが田代氏の生首に入れ替わる。

次の暗転時は、上手に車椅子、その上にドクロ。

と、冒頭から演出変更。

ドップラー効果の効果音で、
首を上下させる。
(片方が上げると、片方が下げる)
これが、永遠と定点、を意味するらしい。
(シーン、そのものが追加)


途中の食事シーンは、
今回、マイム。
ツアー公演に向けた簡略化の一つ。


ロミジュリの
テープは初演の使い回し。
(実際に、田代氏と野村さんは
共演しておらず、初演の時に録音)


途中の落語シーンで、
座布団を使用していたが、
それが無くなった。
(出来るだけ、簡易に)


引用シーンでは、
後ろのモニターに、
台詞と出典が出る。

田代氏が違う台詞を言う場合、
河合訳では無いverを
記憶してるのか、単に間違ったのか。

あと、台詞の内容が同じでも、
作品が変わった、というのが
わかりやすくなった。

劇中歌の歌い手が変わる、
日本語から英語に変わる、

と、ゴド待ちの円環手法から、
繰り返しからの変化していく感。



田代氏。
声が良い。
そして、無駄によい姿勢。

先に死んでしまう役柄。
年齢問題(初演よりも歳を取ってる)
も、誤魔化すカンジ。


高山氏。
ツッコミになるのか。
田代氏に比べれば、
シェイクスピアの台詞は、
少ないけど、決して、台詞量が
少ないわけでは無い。


海外で上演用で、
色々と簡易に変更。
それがコロナと相まって、
より、簡略になっている。

話の流れは、
前回と変わらない気がするけど、
引用部分が変わった、らしい。


胡蝶の夢のシーンが、
分かりやすくなった気もするけど、
案外、気のせいかも知れないし。

それとも、ここがオチに絡む、
ということを覚えていたからか?


シェイクスピアの
美味しいトコどりした1本。


なお、松岡さんと演出家
のアフトク、付き公演。

まず、”夢”の綴りを直す松岡さん。
河『今まで、間違えることは無かったけど』


再演を観ての松岡さんの感想から。

英語の台詞が追加されて、大変そう。

途中、声で登場する河合さんの
シーンが前より、派手になってた。

高山さんの髪の毛が薄くなって。
(初演はシェイクスピアのカツラを
被っていたんだけど、今回は無し)

開演を待ってる間、
貼ってあるポスターを観て楽しむ。
(田代氏の私物らしい)

イレコ構造の演出が、
初演よりも、分かりやすくなった。


途中の落語のシーンが、
箸休めになっている。
それでいて、シェイクスピア
との相違を際出される、相乗効果。

そこから、落語談義に。
(落語と舞台演技の違い)

そして、クイズシーン。
松岡さんは観ていて、
あのシーンで合ってたっけ?
と、思い出しながら観てた。


田代さんは、シェイクスピア作品を
他の訳で入れてるので、時々、
別な翻訳家が台詞で出てることも。

また、役者によっては、
馴染んだ訳が有るので、場合に
よっては、覚えなおさないといけない。


”ゴドー待ち”の
シークエンスを今回、増やした。


今回の変更点。

初演は田代氏と高田氏の
一緒にやってきたという、
『おっさんずラブ』的なモチーフが有った。
(作品タイトル、原文まま。
バディものという説明ではダメなのか)

再演は2人の結びつきより、
シェイクスピアを演じる事、
死んでも芝居を続ける、
その要素を深めるため、
ゴドー待ち、のシークエンスを追加。

そのため、同じ台詞が、
何回も出てくるので、
今がどのシーンだか、
演じてる方が分かりにくい結果に。


途中、出てくる、故人の
名前が再演で、増えてる。
数年後、自分(松岡さん)の
名前が入るのかなー、と。

名前を出されると、その人の作った
シェイクスピアが思い出される。

そして、演出家が居なくなっても、
シェイクスピアの名前は残る。
そこを感慨深く、観ていた。

時代は変わっていく、
でも、残るって事はスゴい。


ここから、質疑コーナー。

劇中、歌う曲は、当時から、
シェイクスピアで使われた曲か?

『十二夜』と『リア王』で、
歌われている、実際の曲。
(シェイクスピアで使われる
曲はCDにもなってるけど、
それを知ってる人は少ないのかも)