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OldLionの備忘録

年老いたライオンは錆びない。狩りを続け、振る舞いは日々深みを増していく。
いつまでも自分を忘れず、狩りを忘れぬライオンでありたい。
そんなライオンになるための日進月歩。

 

君が手にするはずだった黄金についてを読んでいる

 

自分の人生グラフを書いてください

 

この目の前の現実にどう立ち向かうかというところから物語は始まる。私たちは必ず何かの要素に細分化できて、「山田」という誰からを円グラフで表せるというラッセルと、いや人間の全体性はその内在性だけでは言い表せないというクリプトの論争が紹介されている。主人公は、誰かに何かを話そうとすると自分の決定的な一部分にフォーカスが当たるだけで、決して自分を言い表すことができない現実に直面する。そして、特に社会で求められているのは、誰かにとって消費が簡単な面白い人間とか、換金性が高そうな実績を持っていたりとか、そんな部分である。

 

社会に求められている人生グラフなんて、平凡で何も面白くなくても良いじゃないか、という意見は最もであると思う。けれども現在として求められているのはそんな物語だ。

 

こんな人生の全体性を考える議論は、私にとって大好物だ。私は表立って社会貢献を説きつつ、裏ではキャバクラ遊びで金を溶かしている人が大好きだし、そんな人間のごちゃごちゃした部分が好きだ。だが、最近特に感じるのは、ごちゃごちゃした結果が言語化できることは稀だということだ。意気揚々と話ができるのは、それを聞いてくれる周りの第三者がいるからだ。そんな第三者を想定しない活動は、自己完結をしていくものだし、実際していく。だから意図的に物語化する必要があるのだ。

 

ここで私は裏腹な思考を二つ抱えていることに気づく。一つは、成功に向けた処方箋をいただいたような感覚。コーチングを受けた後の感覚。もう一つは、余計なお世話だという感覚だ。後者の方がより強い自分を言語化するほどに、自分の本質とは違うところで自分が育っていくようで、ならば言語化なんてしたくない。あえて仕事に転換していうならば、自分の時間を切り売りせずに全体性の中で生きていたいと思ってしまう。私たちは何者かにならなければ生きてはいけないのだろうか?

 

自分が開示できたら絶対楽なんだろうなぁと思う。けどうまい開示の仕方がわからない。なんだかこのままずっと開示しない気がする。

 

久しぶりに本を読んだ気がする。面白かった。