今年の第一弾として司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んでいる。8巻全巻なので相当肉厚で読み応えがある。
まだ1巻目ではあるが、その中で日本海軍の発達におけるドイツ人顧問メッケルが果たした役割について紙面が割かれている。明治初期からお雇い外国人の流れで海軍はフランス式、陸軍は英国式の軍事様式がベースになったが、その中でドイツから招聘されたメッケルが軍事戦略の立案の部分で大いに日本のその後の勝利に貢献したということだ。宣戦布告と同時に機先を制すこと、兵站を整備すること、参謀旅行(いく先々で地形に合わせた戦術を考案する訓練)、小師団の操典(基本的な所作)を見直すことなど。明治以来海軍の単位は「鎮台」(防衛拠点)と言われたが、それがより機動的な「師団」という名称になったのもメッケルの箴言が元になっているようだ。
国際開発をやっている身として、この軍事戦略の考え方は、なるほどと思わされることがある。
例えばこの兵站という考え方、これは陸地戦で国境を越えて攻撃や防御を行うヨーロッパでこそ重要であると認識されるが、当時の日本では全く概念として浸透していなかったという。日本という市場は、まさに「鎮台」の名の通り、市場への参入ハードルが非常に高い。Uberもそうだし、EbayとかEstyなど、規制や言語的なハードルによりまともな参入が出来ないことが殆どだ。恐らく外資の勝ち方は、Amazonのように兵站(人員や資金)を本拠点から流しこみ続ける、もしくはIndeedのように日本の大資本に入り込んで拠点をまず作り上げることにあるように思う。なので、現地の強力な拠点長を迎える、拠点として買うなどする必要がある。だが、一旦入り込めば、相対的にBにせよCにせよ顧客や地理的な分断は大きくないので、時間をかければマーケットを抑えられる見込みはある。(ただし、敵も多い)
中国やアメリカは地理的な広まりがあるので、1つの拠点さえ抑えてしまえば、それだけで大きなマーケットは取れるが、もし拠点を制圧しようとなると、それこそ兵糧戦になるはずだ。逆に多くの都市に進出しようとしないのなら、実験できるマーケットがどこかをきちんと定め、その都市でのプレゼンスを抑えればいいので、比較的ビジネスは始めやすいように思う。
東南アジアはどうか。ここでも兵站が肝心になるが、東南アジアには各国購買力のある都市が首都以外存在しない。また、首都でも中間層以上はまだ少なく、社会の階層が顕著に別れている。そういう意味で、各国のマーケットを足し算してはじめて1つの市場として成り立たせることができる。陸地での兵糧戦はある程度域内の連続性がわかるが、海を経てしまうと、それこそ現地の状況は不鮮明になるので、兵糧の無駄遣いも増える。しかも現地のパートナーを見つけ入り込んだとしても、そこで得られる領地(購買力)は未来に成長する前提での投資になるわけで、長期的な防衛戦も視野に入れなければならない。域内の同質性が低く、地理的にも文化的にも一元化されないという意味で、東南アジアでの外資によるプラットフォームビジネスは非常に攻略難易度が高いと言える。
東南アジア含めた途上国における攻め方は、地理で責めるのではなく、階層で攻めることにあるかもしれない。発展の段階は差異はあるにせよ、ある程度階層に区切ることでニーズの束を見出すことはできる。これを局地戦の戦略と呼べるだろう。特定の階層に理解される例えば飲み物とかお菓子を開発出来れば、局地戦で個々人もしくは法人に戦いを挑めるわけで、これを同じ発展階層がある他国にも展開することでモデルを定めることができる。東南アジアで日系のIT企業が成功しないが、消費財メーカーが大きな成功をしている理由がここに見いだせるだろう。「その国にはまだない独自の付加価値を提供する商品」を「特定の階層」に向けてはやらせることが出来れば、途端に現地の状況の不鮮明さの霧が晴れるわけだ。「都市」ではなく「階層」で東南アジアを輪切りにする発想がなければ、先にも述べたとおり大量の兵糧を送り込んでも攻略は出来ない。(シンガポールは除く)
前職では「採用に対する新しい考え方」を商品にして売っていてフシがある。これはもはや局地戦でもないわけで、兵糧を用いた全面戦争を仕掛ける必要がある。最近日本ではソーシャルを媒介にした商品の拡散があるが、考え方を変えるのは、日本で寄付をする文化を根付かせるくらい難しい。(戦い方はあるだろうけど。)自分のやっているビジネスが誰に向けた「局地戦」なのかそれとも「全面戦争」なのかをはっきりさせた上でバトルフィールドは選んだ方がいい。