海に出たい、そう思い始めたのはいつごろからだったろうか。
私は酒場や道端でリュートをひきながら何とか細々と生活をしているが、酒場や港で航海者たちの話を聞くうちにいつしか海への憧れを持つようになっていた。
この町は港町ということもあり多くの船乗りたちが行き来している。
海に出たい、その思いは消えることはなかったが、家族を抱えるたかが流しの私に船を買う経済力などあろうはずもなかった。
そんな折、酒場で妙なうわさを耳にした。
若者に船をただでやろうと言っている人物がいるらしい。
そんなうまい話があるはずがない、そう思いつつも、港付近にいるという当の人物を訪ねてみることにした。
「ほんとに船もらえるんですか」
ポルトガル国籍を持ち、ある一定の条件を満たしている航海志望者に限り、という答えだった。
私はポルトガル国籍で、その条件を満たしていた。
要は、航海初心者であれば良いということなのだ。
初心者どころか船に乗ったことすらない私は、半信半疑で
「では、お願いします」
「わかりました、では8日後に造船所で」
予定の日に造船所に行ってみる。
その間私はどうも落ち着かない。本当なんだろうか、こんな嘘のような話があるのだろうか?
家族に話しても、かかわらないほうがいいよ、などとあしらわれてしまっていたが、もし本当だったら私はどうするべきなのか。
そう思いつつも他にすることのない身、足を造船所に向けてみたのだった。
そこに、かの人はいた。
彼は、私に船の権利書と、交易品目録を差し出した。
「こ、これは・・・」
彼は私にそれを渡すと、船を運行するに当たって気をつけなければならないこと、交易所での注意事項など、実に有益ないくつかのことを教えてくれた。
この人はどこかのものすごい大金持ちで、ポルトガルの隆盛に貢献するためにこんなことをしているのだろうか?などと呆然とした頭で考えをめぐらし、ただお礼ばかりを述べる私に、彼はがんばってくださいと言い残して去っていった。
私ははやる気持ちを抑えながらも、早足で港に向かう。
そして出航所役人に船のことを訊ねてみる。
「こないだ新造された船ですね、こちらです。出航されるのですか?」
ここまで言われても、いまだに信じられない。
桟橋に立ち、「自分の」船を見上げる。
2本マストの信じられないほど、立派な船だ。
「ハンザ・コグですね、近場の交易にはちょうどいい船ですよ」
出航所役人が教えてくれた。
私が全くの初心者であることを見て取ったのだろう。
私はその言葉に返事もできず、ただただ呆然とその船を見あげるだけだった。
この船が、私のものに…
帰宅し、家族に打ち明ける。
喧々諤々の話の末に、
「わかった、もう、あきらめた」
「あきらめたなんて、言って欲しくないな…」
そうは言っても、本心だろうが、妻の心配を思えば、わからないことではない。
「だって、どれだけ言ったってもう、決めちゃってるんでしょ」
そのとおりであった。
それに、あの人は実際に船を作るのにお金をかけ、時間をかけ、私に交易品まで譲ってくれたのだ。
軽い気持ちから出た行動ではあったが、ここまで来てしまってはもはや引き下がれない。
引き下がるつもりも、実はもう、ない。
翌日、私は交易品目録を持って交易所に行く。
交易所ではどのようにすればよいかは既に聞いていたので、あわてることなく、無事に交易を済ませることができた。
交易品を販売して得られた金額は、私がこれまでどれだけ働いても得られないほどの、大金であった。
本当に一体全体、何がどうしてしまったのか。
そう思いつつ、何をしなければいけないか考えた。
そうだ、船員だ、船乗りだ。
熟練の船乗りを雇おう。
私にはわからないことだらけなんだ、何でも聞ける…そうだ、マノエル爺さんに相談してみよう。
マノエル爺さんは昔船乗りだったらしく、昔からいろんな話をしてくれた。今でも元気にしてるから、復帰してもらうことも可能だろう。
爺さんは、私の話を聞いても、最初は全く信じてくれなかった。
無理もない。
「本当なんだよ、いいからまずは船を見てくれないか」
港にて。
「お、お、お、、、お前、これ、ほんとにお前の船なのか」
「そうなんだよ」
やっと、信じてもらうことができた。
「よーし、いっちょやってやるとするか!」
「頼むぜ、爺さん!」
必要な船員は10人。
酒場で顔見知りや気の知れた船乗りに声をかけると、程なくして12人の船乗りを集めることができた。
きっと、誰も私が船長を務める船には乗ってくれないだろうが、マノエル爺さんが乗ってるんなら、ということで集まってくれたに違いない。
交易品を売って手に入れた金で、まずはささやかながら結成の宴会をひらく。
始めてみる顔ばかりではないのが嬉しいところだ。
これから、彼らと海に出るのだ。
「これからよろしく頼むぞ、みんな」
「俺たちに任しときなって、船長!」
船長…重く響く言葉だ。
彼らの命の責任を、今ここに私が預かることになったのだ。