船が手に入り、船員も見つかったが、私はいきなり海に出るほどの度胸と能力があるわけではなかった。
マノエル爺さんに従い、航海や冒険の手ほどきを受けるため、まずは冒険者ギルドに登録に向かうことにした。
冒険者ギルドではギルドマスターから登録の証明としてダガーなど冒険に必要な物をいくつか渡された。必要ではあるかもしれないが、今の私にとっては武器はまだまだ使うべくもないものではあったが。
その中に、町の名士たちのリストが入っていた。
「まずはこの町の名士の方々にあいさつ回りをしてくることだ。船に乗るんだったら相応の筋を通さなきゃならない、ってことさ。」
いぶかしげにそのリストに目を留めた私にギルドマスターはそう教えてくれた。
そういうものか…。
私はギルドマスターに礼を述べると早速手近な名士の邸宅を訪問した。
私のようななり格好で果たしてまともに会話をさせてもらえるのだろうか?
そう思いながら重そうな邸宅の門を叩くと、使用人らしき人物が私の素性と用件を尋ねてきたので、私は素直にギルドマスターから言われてご挨拶に来ました、と答えた。
すると思いがけず何をとがめられることもなく応接間に通された。おそらくは、こういった冒険者が挨拶に来るのも少なくはなく、使用人も本人も扱いには手馴れているのだろう。だとすれば冒険者ギルドでもらったダガーを身につけている私をみてすぐにそれとわかるのも無理はない。
ただ当の目的のほうはどうかといえば、私にそのようなまともな挨拶ができるはずは最初からなかった。終始緊張してしどろもどろしている私にンジンガ・ンベンバ伯は少しの言葉と温かい言葉をかけてくれ、励ましてくれた。そしてあっという間に面会は終わった。時間にして、10分ほどだったろうか。かるくあしらってもらった、そんな感じであった。
それでも冒険者ギルドに戻ったころには、私は緊張の連続ですっかり疲弊してしまっていた。
できればこういった付き合いは、避けて生きたいものだな…
船に乗るということ、船で身を起こすということ、権力や権威、そういったものともそのうち切り離せなくなってくるのだろう、そう思うと、少しわずらわしいような気持ちはどうしても拭い去れなかった。
冒険者ギルドに戻った私は、ギルドマスターに筋を通すというのも面倒な物ですね、とこぼした。
「仕方ないさ、おまえさんだって、ただ船に乗っているだけじゃ生活できないんだしな。」
それも、そうだ。
「たとえば冒険に出ておまえさんが初めて港や集落、遺跡、島なんかを発見したとする。そうするとそういうものをさっきお前が挨拶してきたような金持ち連中に報告することで、結構な報酬がもらえるんだ。これをうまく活かさない手はないぜ。」
そういうものなのか…
そうは思っても、やはりどこか釈然としない。
船乗りは、自由な物じゃなかったのかな。
そう感じる私はやはりまだ船乗りとしては駆け出しなのだろう。
とにもかくにも、前に一歩踏み出そう。冒険航海家として、まずは一歩を踏み出さなければ。
そう思った私はギルドマスターとの話を切り上げ、冒険者依頼紹介人に現在私が請負うことのできる仕事がないか聞いてみることにした。
冒険者ギルドには、船を使わない仕事もいくつかあった。
私のような駆け出しの冒険者にはちょうどいい仕事だった。
放浪の学生たちがなぜ放浪しているのか、とか冒険者という商売について、だとか、そんな情報収集のような仕事でも、立派な仕事のひとつであった。
いくつか簡単な仕事をこなし、ギルドからの仕事の請負、報告に慣れてきた私は、ついに船を出すことに決めた。
オポルトまでの航路開拓の仕事だ。
ここリスボンから10日以内にオポルトまで行くことができればいいらしい。
オポルトというのがリスボンの北にあるということは船乗りたちから聞いて知っている。
「なあに、普通の船で行けば10日もかかりゃしねぇよ」
爺さんに言わせればたいしたことのない仕事だそうだ。
船員たちもみなその言葉にうなずいている。
よし、大丈夫だ、情けないことだが彼らの言うことを聞いていれば間違いはないはずだ。
今は、まだ私が大きなことを言える状態ではないのだから。
ギルドにいき、紹介人に依頼請負申請をする。
「急ぎの仕事なんだ。早く済ませてくれたら報酬は弾むぜ」
紹介人にそういわれ、いやが上でもやる気が沸いてくる。
「よしみんな!出航だ!」
春の温かい風が吹く中、我らがAlgum Dia号はその小さな帆に一杯の風を受け、するりと桟橋からその身を離した。経験豊富な船乗りたちに操られ、小さな帆は常に風を大きく推進力に変えている。船は見る見るうちに速度を増し、大西洋に出た。
海だ!
これが、憧れにあこがれた、海だ!
小さな船で、東にはまだ陸地が見え続けている。
そんなささやかな海だが、振り返ればそこには延々と続く水平線がある。
この向こうにはそれはそれは歴戦の船乗りたちが必死で生き抜く世界がある。
全く想像のつかない世界が、この先には存在しているんだ!
私はついに、その大きな海の、一粒の点として、陸から海に、放り出されたのだ!
「嬉しいか?」
ただ1人甲板で興奮している私に、爺さんが言った。
「そんなもんじゃないよ」
もともと口がうまいわけじゃない。
歌えないからリュートを弾いていた。
そんな私にこの気持ちをうまく言葉にすることなんてできるわけがなかった。
それに、この海を目の前にして言葉でどうにかなるものでも、なかった。
「嬉しいよ」
「そうか」
しばらく爺さんと私は、甲板に佇み、沈み行く夕日を、西の果てを、眺めていた。
暗くなり、月が出ると海はまた違って見えた。
月明かりに照らされる波と波の間は深く飲み込まれるような黒。
私は愛用のリュートを出し、思いつくままに弾き始めた。
ただ思うままに。
指の動くままに。
今日は出航初日だ。
物資は豊富にある。
船員たちにも酒を振舞い、私も飲みながらリュートを弾き、できた旋律を書き留めていく。
月も、ゆっくり、ゆっくりとその位置を変えていく。
どれほど飲んだだろうか、書いていた譜面もそろそろまっすぐはかけなくなってきた。
ふらついて海にでも落ちたらたまらない、爺さんたちも寝たようだし、私もそろそろ寝ることにしよう。
また月を仰ぎ見、改めてこれが夢ではないことを自分に言い聞かせると、私は自室に戻りあっという間に眠りについてしまった。
「オポルトが見えたぞー!」
見張りの船員の叫ぶ声が聞こえた。
二晩ほどだっただろうか、3日目の朝に、どうやらオポルトが視界に入った。
初めての航海の成功が、やっとこの手に届くところまで来たのだ。