人間に対する絶望がまた深まったものである。

人間はやってもらった恩より、やられた失敗を覚えてつついてくるものだ。

人間は一度なにかしてやると、それを当たり前に要求してくるものだ。
そして断ると「前はやってくれたのに」と勝手に不機嫌になるものだ。

ローテーションを崩すと怒り、自分のペースが崩れると怒り、あまりに怒っているからその怒りに当てられないようにこちらが避難するとさらに怒る。

話を引き出すように話してやれば、さも鬼の首をとったように話はじめ、長々としゃべる。まわりがどういう顔でいるか見てない。

本質をつけばだまり、迷い、話にならない。いつもはあんなにしゃべるのに。

誰かと関われば関わるほど、借りやら貸しやらその他いろいろが絡み付いてほどけなくなる。

そんなもの絶望以外なんて読んだらいいのか。
「将来やりたいことはあるか?」という質問を受けた。

聞いてきた人と聞かれた場所の手前、なにも答えられなかったが、やはりやってみたいことは「劇場を作る」だろうか。

けどそこに出す演目については自信がない。バンバン書くタイプでないし、思い付かない(奇しくも昨年はバンバン書いたのだが、やはりそういうタイプではない)。

他になにか、と考えたけどあとは特に。「役者で生きていく」は多分形を変えて叶うだろうし、書くのも演出も出来るわけで。

ん?夢進行中だから、でてこないのか?


あと最近思ったのは「できること」と「やりたいこと」と「稼げること」は違う。

「できること」は特技。

「やりたいこと」は趣味。

「稼げること」が仕事。

それとは別に「そうあること・そうありたいこと」がある。

芝居が「稼げること」なら万々歳だけど、稼ぐためには工夫やらなんやら。時には汚いこと、めんどくさいこともしないといけない。

そのあたりを持ってくれる人がいればいいけど、残念ながらおいらはそういうのを持つ側だからめんどくさい。

めんどくさいついでに、なにかやろうとすると、一緒に背負うのでなく、おぶさるやつばかりだから、めんどくさい。

最後、自分一人でやる!となるが、芝居はみられてなんぼ。そんなオナニー誰が見たがる、とぶっちぎってしまう。

ああ、かくしてなにもせず人生を終えるのか。

とかなんとかいいながら、台本二本書き上げる。次はなにを書こうか、なにをしようかと、いつの間にやら思い悩む。

夢なのか、目標なのか、とにもかくにも進行中。

なのか?
すごく久しぶりの日記。

すごく久しぶりに書かざるを得ないくらい、去年は、特に12月頭までは忙しかった。

今はやることはあるけど、とりあえずなんとかなるから別に、という感じ。

あの忙しさ、なんだったのか。

その中でうまれたたくさんのものがある。

けどこうしてぼーっとしてる間に価値が下がっていく。

息を吸いながら吐くことはできない。

けれども吸いながら吐くくらいじゃないと、ものは生まれない。

つらいなあ。

つらいけど、もう次に上る山を探してる。

だって仕方ない。

他の人が上るのについていくのは、なによりの苦痛だから。

次の世界、魔界を求め街をさ迷う。

たどり着くのはどこだろう。
出会うのは誰だろう。

そんな新年。明けましておめでとう。

今年もよろしく。
今年こそ、よろしく。