銀河英雄伝説大将は後方に隠れるべきか? | 言いたい放題、言いっぱなし

銀河英雄伝説大将は後方に隠れるべきか?

銀河英雄伝説について以前からの引っ掛かっていること
大艦巨砲と艦載機の関係性
小型機が大型艦に接舷出来るなら、雷撃が成立する。
しかも、皇帝の座乗艦や旗艦に乗り込めるなら沈められる。
遠方から砲撃より余程効率が良いのではないのか?
そういう疑問を持ったときに、指揮官が前線に出るのは蛮勇であるというコメントを見つけた。

ま、そりゃそうだ
しかし、それを言ったら終わりなのである。
目まぐるしく変わる戦況
タイミングがある世界観
ゲームではなく命を懸けるから判断を誤ることもある。
戦争ってそんなもんだと思う。

士気に関わる。
そういうのを描きたかったんだと思う。
座標と戦術を入力して終わる。
そんなのなら戦争ではなくリモコンで戦うゲームだよ
資材を投じたシュミレーション

ものが壊れても、あーあと思うだけ
心にはなにももたらさない。
それこそ、体験しなくても良い
そういう社会なら争う事さえ興味がなくなる。

銀河英雄伝説における戦争とは人が人として成立するための糧なのではないのか?
そもそも、ゴールデンバウム朝はそういう争いがなく人心が荒廃した状況において英雄にすがろうという心理に乗じたもので有ったろう
ルドルフ一世は突然変異なのではなかったのか?

対してラインハルトはどうなのか
彼は単なるシスコンなんだよ
姉を取り戻すために、優れた才能を全て使った。
姉を取り戻す過程で背負い込んだ期待と責任、キルヒアイスとの約束を果たすために皇帝になった。
部下を盾にする既存の貴族を打破しようとする人達の信望を集めるための演出なのである。
実際に彼のブリュンヒルトは高い防御力を誇る。
理屈で考えるなら小型機を搭載している戦艦で戦う世界で皇帝機が近接防御がないなんてあり得ないのである。
接舷しての白兵戦においても、隔壁でエリアを閉鎖して無人兵器で押しきるなどやりようはあるのである。
あくまでも、ヤンとユリアンを神格化するための演出なんだと解釈しています。

前線に出るのも演出

銀河英雄伝説とは伝記や史実の類いのノンフィクションてはなく物語
楽しんでなんぼ
リアリティーがない?
リアルで用心深い英雄が居たとしても脚色されないと民衆の支持は得られないのである