9年前の2010年6月にフィリピンに島流しに
あって島流し日記
を書き始めました。
その時はまだ30代前半。
その4年後の2014年7月に島流し終了で、
日本に帰国
しました。
しかし、ちょうど3年後の2017年7月に
再びフィリピンに島流しとなり、島流し日記
リターンズとして2年間、日記
を書き
続けました。
フィリピン島流し期間は合計で6年、
今のところサラリーマン人生の1/3は
フィリピン島流しです。既に40代に
なりました。
2010〜14年の島流しと2017〜2019年の
島流しはフィリピンでの立場が大きく違い
ました。
前半の島流しは、日本人が一人ということ
で責任もあったし、専用の車と運転手も
あったりで、なかなか思い切ったことが
できませんでしたが、ゴルフよりも旅に
行く
ということで、フィリピン各地と
東南アジア、さらにはアメリカ、メキシコ、
ドバイ、トルコなどいろんなところを旅
しました。
後半の島流しは、プロジェクトの責任者で
プロジェクト関係の日本人が多数いて、
車も運転手も共有で休みも取れない中、
長期な旅には出られませんでしたが、近場
を回ったり、前半の島流しではほとんど
乗らなかったバスやジプニー、トライシクル
に乗って自由に動きました。
最終的にはそれがジプニーの旅で一定の
成果と満足が得られたかと思います。
そう、島流し日記リターンズの一番の
思い出はジプニー。
マニラからバターンの社宅までジプニーのみ
で帰ったことです。
フィリピン人ですら、クレイジー
と罵った
ジプニーの旅。こういう自由さが島流し
日記リターンズでした。少しだけフィリピン
に慣れたゆえ、かもしれません。
さぁ日本に帰ります。
今回は日本までの片道のみ、ということで
大嫌いなフィリピン航空
ではなく、安い
セブパシフィックで帰ります。荷物も
食事も座席も保険も全てコミコミで
フィリピン航空の半分以下でした。島流し
の終わりだからといって特別待遇は
ありません。良い会社です。
NAIA3に着きました。外に降りて
フィリピンマニラの蒸し暑さ
を感じつつ、
フラメールと、そしてフィリピンに別れを
告げます。暑くて、汚くて、臭くて、
イヤなところが多いフィリピンですが、
明るくて、人懐っこくて、物価が安い
なぜか憎めないフィリピンでした。
これにてフィリピン島流し日記リターンズ
は終了です
次回はフィリピン島流し日記リターンズ
番外編でお会いしましょう。
…
…
何それ

