今日は 彼岸の入り
日本の気候を表す慣用句に「暑さ寒さも彼岸まで」があり、残寒・残暑は彼岸のころまで続き、彼岸をすぎるとやわらぐというが、今朝から冬に逆戻りである。
彼岸とは、春分・秋分を中日とし、前後3日を合わせた7日間を言う。
彼岸(ひがん)とは、日本の雑節の一つで、春分・秋分を中日(ちゅうにち)とし、前後各3日を合わせた各7日間(1年で計14日間)である。この期間に行う仏事を彼岸会(ひがんえ)と呼ぶ。
最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」(あるいは地方によっては「はしりくち」)と呼ぶ。
俗に、中日に先祖に感謝し、残る6日は、悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目「六波羅蜜」を1日に1つずつ修める日とされている。
|
由来 浄土思想でいう「極楽浄土」(阿弥陀如来が治める浄土の一種、西方浄土)は西方にあり、 1年の内で2度、昼と夜との長さが同じになる春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりである。
昼夜・東西が平行になるお彼岸の時期には、「あの世」への門が開くといわれてきた。現在ではこのように仏教行事として説明される場合が多い。それがやがて、祖先供養の行事へと趣旨が変わって定着した。
しかし、彼岸の行事は日本独自のものでインドや中国の仏教にはないことから、民俗学では、元は日本古来の土俗的な太陽信仰や祖霊信仰が起源だろうと推定されている。民族学者 五来 重(ごらい しげる)は彼岸という言葉は、豊作を太陽に祈願する太陽信仰の言葉の「日の願い」が、「日願(ひがん)」として、仏教語の「彼岸」と後から結びついたものであるとする。民間習俗と彼岸の名称とその時期とが結合して、仏教行事になり、歳時習俗として生活の中に大きな存在となった、と指摘する。 供物 彼岸に供え物として作られる「ぼたもち」と「おはぎ」は同じもので、炊いた米を軽くついてまとめ、分厚く餡で包んだ10cm弱の菓子として作られるのが今は一般的である。各地で手作りされていた時は様々なぼた餅やおはぎがあった。これらの名は、彼岸の頃に咲く牡丹(春)と萩(秋)に由来すると言われる。
爺さん:終戦後、樺太引揚者の爺さんは、母方の祖母が、お彼岸になると、小豆をコトコト煮込み、あんこを作り、こめといなきびを混ぜたご飯に餡を絡めて「牡丹餅」を作ってくれた記憶がある。 花より団子ならぬ、南無南無よりも牡丹餅であった。 今は、コンビニでもスーパーでも、できあいをのものが売られている。
|
|
仏教讃歌の中に、「みほとけにいだかれて」がありますが、この曲は、今は亡き故人を偲ぶ追悼の歌で、お亡くなりになって、この世からいなくなる寂しさはあるけれど、私どもを見守って下さる仏様となられたその尊さを歌われております。
一、みほとけに いだかれて
きみゆきぬ 西の岸
なつかしき おもかげも
きえはてし 悲しさよ
二、みほとけに いだかれて
きみゆきぬ 慈悲の国
みすくいを 身にかけて
しめします かしこさよ
三、みほとけに いだかれて
きみゆきぬ 花の里
つきせざる たのしみに
笑みたもう うれしさよ
四、みほとけに いだかれて
きみゆきぬ 宝楼閣(たまのいえ)
うつくしき みほとけと
なりましし とうとさよ

