爺様の話:80歳の壁を超えていく(2) | dai4bunkuのブログ

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80歳の壁を超えていく(その2)

 昨日(2!日)は、「80歳の壁を超えていく」の1回目を紹介しました。

今日は、2回目の話です。

出典:和田秀樹 著 「80歳の壁」幻冬舎新書

 

 幸せな晩年と不満足な晩年。
 どちらを選びますか?


 「人生百年」と言われる時代になってきました。日本には、いま100歳オーバーの人が8万6000人もいるそうです。みなさんの周りにも、とても元気な90代、100歳代の人がいるでしょう。
 しかし、当然ですが、「人生百年」と言っても、全員が90歳、100歳を迎えられるわけではありません。また、90歳、100歳を迎えたとしても、全員が健康で幸せという保証もありません。介助を受けてベッドで過ごしている、家族に虐げられている、あるいはボケてしまい自分が誰かわからない、ということも考えらます。
 未来は誰にもわかりません。極端な話、明日はどうなるかわからないのです。

 私は61歳の医師です。高齢者専門の精神科医として約35年間、臨床現場で過ごしてきました。診療した患者さんは6000人を超えます。介護の場や講演会など病院以外を含めると、その数は1万人を超えるでしょう。自分で言うのもなんですが、老年医学のプロフェッショナルだと自負しています。


 当然ですが、人はそれぞれ年齢も体型も番います。性格や考え方も違います。
生活の環境や家族構成も違う。仕事も、かかった病気も違う。つまり、一人一人は、まったく違う人生を歩む、全くの別人です。

 


 しかし、すべての人に共通することがあります。
 それは、全員がやがて死んでいく、ということです。死に方や年齢はまちまちですが、これだけは避けようがありません。
 ですが、市に至るまでには、二つの道があります。


 一つは、幸せな道です。最期にいい人生だった。ありがとう」と満足しながら死んでいける道です。


 もう一つは、不満足な道です。「ああ、あのときに」とか「なんでこんなことに」と後悔しながら死んでいく道です。
 

 どちらの道を選びたいか? それは聞くまでもないでしょう。

 老いを受け入れ、
 できることを大事にする

 
 80歳からの人生は、70代とはまるで違ってきます。
 昨日までできていたことが今日はできない、という事態に何度も遭遇します。
 体の不調も多くなります。

 

 ガン、脳梗塞、心筋梗塞、肺炎など、命にかかわる病気も発症しやすくなります。「認知症かな」と自信をなくすこともあるでしょう。配偶者や身近な人の詩を経験し、孤独や絶望を感じるかもしれません。


 「生老病死」の大きな壁が怒涛のように押し寄せてくるのです。


 この本では、目の前に現れる壁を超えていくヒントをさまざまに提示していきますが、突き詰めるとそれは、たった一つの考え方に集約できます。


 老いを受け入れ、できることを大事にする、という考え方です。
 これが「幸せの晩年」と「不満足な晩年」の境目にもなると思っています。


 「幸せ」とは、本人の主観によるものです。つまり、自分がどう考えるかによって決まってくるものです。


 たとえば、自分の老いを嘆き、あれができなくなった、これだけしか残されていない、と「ないない」を数えながら生きる人がいます。

 

 かたや、自分の老いを受け入れつつ、まだこれはできる、あれも残っていると「あるある」を大切にしながら生きる人がいます。どちらの人が幸せなのでしょうか?


 答えは本人にしかわかりません。しかし、私のこれまでの臨床経験では、「あるある」で生きる人のほうが幸せそうに見えました。家族や周囲の人とも、楽しそうにしているひとが多かったのです。
 

 いま日本では、65歳以上を「高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」と呼んでいます。でも「高齢者」も「後期」も、なんだか言葉の響きが寂しくありませんか。


 ここまで頑張って生きてきたのですから、もっと明るくて希望の持てる呼び方にするべきだと、私は常々思っています。そこで、提案したいと思います。


 80歳を超えた人は高齢者ではなく「幸齢者」――。
 

 これなら敬意も表せるし、温かみもあります。運も味方です。年を取ることへの希望も感じられるでしょう。この本では、80歳オーバーを「幸齢者」と呼びたいと思います。

 

 80歳を過ぎたらガンがある。

 それに気づかない人も多い

 

 私が長年勤めていた浴風会病院は高齢者専門の病院で、毎年、100人程度のご遺体を解剖させていただいておりました。

 

 すると、本人は自覚していないにもかかわらず、体の中に大きな病巣があり、それ以外の病気が原因で亡くなっていた、という例が少なくありません。つまり、最後まで気づかない病気もある、ということです。

 

 ガンもその一つです。

 80歳を過ぎた方のご遺体を解剖すると、ほとんどの人の体にガンが見つかります。

 つまり、幸齢者なれば誰の体にもガンがある、ということです。

 

 世間の常識では、「ガンは死に至る病で、早期発見・早期治療をすべき」とされていますが、じつは、それだけとは限らない。本人が気づかないガンもあるし、生活に支障のないガンもあるのだと、教えてくれているわけです。

 

 とくに年を取るとガンの進行が遅くなるため、放っておいても大丈夫なケースは意外と多くあります。みなさんには、ぜひ、この事実を知っていてほしいと思います。

 

 ここから導かれる選択は何か?

 

 それは、80歳を過ぎたら我慢をしない、という生き方です。

 

 「ガンにならないために」と食べたいものを我慢したり、好きなお酒やタバコを控えたりする傾向がありますが、幸齢者は、すでにガンを持っていることが多い。

 

 だったら、ガンにならないための我慢は意味がなくなります。好きなものを食べたり飲んだりしながら生きるほうが、むしろストレスが少なくていい、楽しく生きられるのではないか、と思うのです。

 

 実際に、我慢を強いられてのストレスフルな生活より、好きなことをして気楽に生きる生活のほうが、免疫力が高まることがわかっています。これがガンの進行を遅くすることも知られています。

  

 爺様:以上が「80歳の壁を超える」その2でした。爺様だって自覚はないものの既にガンを持っているかも知れない。

 血糖値が高い。コレストロール値が高い。とかかりつけ医にしかられてばかりですが、タバコも喫っているし、焼酎も飲んでます。たまに、無性に柿が食べたくなったり、お餅が食べたくなりますが、和田理論を実践しています。

 

 次回は、「認知症はかならずやってくる」「人生百年時代」についての紹介させていただきます。