爺様の話 仏心仏語  「縁 日」 | dai4bunkuのブログ

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縁  日

   参道の草に置きたる夜店の灯                 松林朝蒼

                                                                  高知県にお住いの俳人松林朝蒼「夏爐」主宰

 

 夏の風物詩に欠かせないものに「縁日」がある。寺や神社のゆかりの日に参道や境内に夜店が並ぶ縁日の情景は、変化の激しい時代のなかで、かろうじて残された郷愁と幻想の世界である。

 

 縁日は正式には「有縁日」(うえんび)と言う。仏や菩薩の命日を仮に定めて、その日に参詣すると功徳があるされる風習は、遠く鎌倉時代のころから始まったという。

 

 この命日詣での風習は、無限の生命を有する仏菩薩と縁を結ぶことによって、有限の存在である人間が永遠の生命界と結縁(けちえん)することを意味している。

 

 この縁日につきものなのが「市」である。「門前市をなす」ということばがあるように、縁日の参詣者を目当てに神社仏閣の周囲にさまざまな店が立ち並び、神仏の加護だけでなく、現世利

 

益を求める人びとで賑いを見せる。今日も各地に残る門前町は、この縁日に市に始まるものが多いという。

 

 7月の代表的な縁日の市のひとつに浅草観音の「ほおずき市」がある。毎年7月10日の観音結縁日に詣でると4万6千日分の功徳があるとされ、境内には煎じ薬にする青ほおずきを売る店

 

が立ち並び、夏も盛りを迎える。

 

 ことしもあとわずかで8月のお盆を迎える。この時期になると、周囲を高僧アパートで囲まれ

 

た団地の広場の一隅にも小さな盆踊りのやぐらが組まれ、浴衣姿の子供たちの踊りの輪がほの暗い照明の下でゆれているいる光景を見ることがある。そんなとき、機能や合理性だけでは生きら

 

れない人間という生きものの不思議さを思うのである。

 

                      梅庭昭寛 著 「仏心仏語」北海道新聞社刊


   

 

 

爺様:最近は、娯楽が増えたのか、盆踊りをやっている地区が段々減ってきて、淋しい。

   「盆踊りの太鼓の音や音響がうるさい」との苦情が多くなったことも遠因とも言えるが、

   地区で協力してやぐらを組むことも難しい事情があるようだ。

    淋しい限りの昨今である。