坂村真民さんは、詩集「二度とない人生だから」の著の あとがき の中で
道元禅師の「修証義」(しゅうしょうぎ)ぼ冒頭を引用し、
「人身(じんしん)うることかたし、仏法あうことまれなり。いまわれらの宿善のたす
くるによりて、すでにうけがたき人身をうけたるのみにあらず、あいが
たき仏法にあいたてまつれり。生死(しょうじ)のなかの善生(ぜんしょう)、景勝の生な
るべし。
景勝の善身をいたずらにして、露命を無常の風にまかすることなかれ」
とある。これは不朽の名文であり、名詩であるが、声に出して読まれたら「二度とない人生だから」という言葉の持つ深さが、さらにいっそうわかってくださると思う。
と、記しておられる。
三学
いかに生きるかを学べ
いかに愛するかを学べ
いかに死するかを学べ
あの人へ
共に苦しみ
共に生きる
これがあたしの
詩を作り
詩を配る
願いであり
行(ぎょう)である
未明混沌の空を
吹いてゆく風よ
伝えてくれ
生きる力を
無くしようとしている
あの人へ
爺様:
「三学」の 「いかに死するか」
すなわち 「いかに生きるべきかを学べ」ということだろう。
今生に思い残すな、無となれ。日々一所懸命生きて死を迎えたい。そんな気がした。
「あのひとへ」の「生きる力を無くしようとしているあの人へ」
病気か何かだろうか。あるいは、人生に悩み、疲れた人を指しているのか分からないが、
爺様夫婦に当てはめてみた。
共に苦しみ
共に生きる
助け合う願いであり、死するための行だろうか
口では言えない。風にこっそり伝えて欲しい。
肝臓がんと分かっても、共に苦しみ、共に生きようよ。
生きる力を無くさないでくれ。我妻よ。
そんな気持ちにさせていただいた。
(合掌)
