何も考えずに「みんなと同じ」は選ばない | 順其自然

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興味があるのは新しい時代の子育て・教育、中医学、資産運用などなど。趣味はスキー。釣りもやりたい。本業は中国語翻訳(雇われ)。海外からの留学生のホストファミリー経験あり。自由な人生を追求してます。

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私は成人式も行かず特に写真も撮らなかったのですが(特に着物着るのに興味なかったしめんどくさかった。素敵な着物姿を眺めるのは楽しいですが)。そういえば大学の卒業式も普通にスーツだった。成人や卒業を祝う意味で労力かけて着飾って集まる理由があまり分からなくて。

小倉智昭氏が「着物着るのやめれば」と言うのも分かるわ。
なんなら就活=リクルートスーツも。

まあ、無事に法律上成人になった節目を記録しておこうという意味で写真を撮るのは分かるけど…七五三と同じような感じでしょうか。
だとしたら、どちらかというと自分のためというより親御さんや親族のためなのかもしれないですけど。

小さいうちはまだ何着ても可愛いですが、二十歳にもなるとそんな気も失せるのか(笑)、うちは無頓着だったしそういうことを期待する親族もいなかったからか、「二十歳おめでとう〜」と淡々と過ぎていきました。

旦那さんにこの記事の話をしたら、「まあみんな着るから仕方ないのかね〜」と言ってました。それに対して私「みんなやるからっていう理由が一番よくない!」とヒートアップ(笑)

手前味噌ですが
↑このブログ記事で私が書いたことと根底は同じです。
なんとなく流されてたら自分の大事な時間とか労力とかお金とか取られちゃうよ。と思う。

伝統を何もかも一緒くたに全否定するのではない。(ただ、商売目的で作られた「伝統」は結構たくさんあるらしい)
何も疑問を持たないで「今までと、みんなと、同じように」ってやってるのは非生産的どころか危険かもしれない。

もちろん家族が愛する子どもの着物姿を見たいから、とか、着物が好きで、地元の友達とワイワイ集まりたくて、だからきれいな着物来て成人式行く、などは、全然いいと思いますよ!ただ、繰り返すようですが、それが「楽しい」ことだと思い込まされている場合もあるかもしれませんが。

うーん、まあ、着たければ着なよ、でも、「それほどじゃないけど着なきゃ変って思われるかな…?」という悩み方はやめようよ、ということです。うまく伝わるかな〜。