父自身は、口数が少なくて、人とのコミュニケーションの性質が母とは全然違っていたような気がする。
私自身、父に似ていると自分で思っているところがある。
心の内を見せてよ!!とズカズカ来られるとかえって無理なのだ。しかも、ズカズカ来る人に限って余計なジャッジをしていったりするので、二度と来んな!という気分になる(笑)
(もうちょっとオープンハートになれたら便利だろうな…とは思うけど、
私のそういう性格に不満を抱くような人は私の人生にはいらないし、
元からオープンハートな私の主人は、無理強いはしない。
「言いたいことは言うんだよ」と優しく言ってくれて
あとはそぉっとそばにいてくれるだけだ。
そして、そういう人が、私みたいなチキンには一番居心地がいい)
母自身が父についてどう思ったのかとか、父とどう過ごしていたのか、というような話は
母からあまり聞いた記憶がない。
両親が楽しそうに二人で会話をしているとか、二人の世界を感じた、という記憶も私にはない。
夫婦生活は、父方の祖父が亡くなって遺産相続で親戚と揉めて、両親同士でも揉めるまではあったようだけど、その後は家庭内別居みたいになった。
若いころ数人にプロポーズされたらしい母が
「なんであの人と結婚しなかったんだろう。若いからあの人の良さが分からなかったんだわ」
と言うのを聞くけど、頭で考えすぎて選びすぎたのではないか、という気がする。
外側の条件ばかりで結婚相手を選ぶと後悔するとはそういうことだろうと思う。
結婚相手の条件を挙げるなら内面(さらには自分の本心)に注目すべきだ。
とはいっても、あの時代の夫婦は分かり合うのがとても難しい時代だったんじゃないかなとは思う。
高度経済成長期に企業戦士だった男性たちに、女性の心をくみ取れなんて教えてくれる人がいたとは思えない。そもそも男性自身が自分の心もくみ取っていなかったことだろう。
滅私奉公なんて言葉があるくらいだもの。
そもそも人の心に注意を向けようなんて時代ではなかったかもしれない。
生まれていないので分からないけど、とにかく目に見える物質的なものを発展させよう、増やそうとみんながむしゃらだったのではないだろうか。
企業戦士の奥さんたちの心のやり場もなかったのかもしれないなー。
団塊の世代の人たちを見ていると、給料は右肩上がりだったかもしれないけど、心の面で多くを犠牲にしたんじゃないかなとつくづく思う。
(終わり)