一昨年「BLACK OUT」の稽古をしながら、それまでの10年やってきたこと、自分の姿を振り返っているみたいだった。社会的に何の地位も築けていないことを親に叱られながら、劇団で培ってきたもののことは話せるのにな、と納得のいかない自分。様々に裏切って演劇を続け、「演劇がすべてではない」と言い切れる今もまた、突き詰められた途端「それなら言うけど今は芝居が大事です」と言っている自分。例えば今ここで芝居をやめたら、この10年はどういうことになるのだろうか。わたしがやってきたことは一体何なのだろう?


民藝で芝居をするときには、役者として這い登っていくと同時に、今まで培ってきた人間性が問われるような、体当たりの感覚がある。身一つで、ほとんど垂直な場所を登る。20代のころ、もう全然だめです手が届かないんです、と、食堂で泣きそうなわたしに、「そういうもんよ、這い登ってるわりにねぇ、ぜんっぜん登れてないのよねぇ!」って先輩が言っていたっけ。

それが東京夜光では、一作品やるごとに、自分のなかから小さな石をひとつ掬い上げるみたいだ。拡大鏡で見て、ああこんな模様が、こんな傷がと、見なくていいところまで見つめ、深く考えないできたことを考え、感じないで済んでいた気持ちを知る。人間、というよりは、ひととして、ひとつやさしいものを拾う。

川名の作品をやるのは、その澄んだ石を握りしめ続け、その手を舞台の上で開くみたいなことだと思っている。今にも閉じてしまいたい手をそれでも開いてみせること。

きっと本当は民藝でもそうすべきだし、東京夜光でも体当たりで這い登りたいのだ。

「BLACK OUT」が終わったら捨て去ろうと思っていた石は、結局またからだに溶かし込んだので、今もわたしのなかを巡っている。

民藝で、本気で戦争をなくしたいと思って芝居をしていた。そのためなら命懸けで、家族も蔑ろにできたわたしは、いつしか家族の方が大切になり芝居をやめようと思ったのに、まだ芝居をしている。芝居だけに懸けていたこの人生がほのかにぼやけて、人生のなかの演劇になっていく。それは思っていたよりずっと、不安なことだ。

それでも今の生活はねがった以上の生活で、誰かを傷付けてやっと辿り着いた場所で、だから今、わたしはこの芝居をするのかもしれない。

傷付けてしまった、観てくれなくて当然のあなたに、それでもやっぱり観てほしくて、客席に居ないあなたにも観てほしくて、この東京の片隅の、いつもより大きな劇場で、あなたにも見えるように、この手を開く。


「悪魔と永遠」開幕しました。

東京夜光
悪魔と永遠

作・演出:川名幸宏

2022/2/5ー13
下北沢 本多劇場

出演
東出昌大 尾上寛之 前田悠雅
丸山港都 草野峻平 笹本志穂
東谷英人 砂田桃子 吉田多希 中西良介 藤家矢麻刀
村上航


春の決算から解放された高揚感が“鞍馬正義”を夜の街に駆り立てた。朝方、クラブで知り合った“マリア”にビルの屋上へ連れてこられた。“一緒に”飛びたいらしい。なんか楽しいし、頭もうまく回らないし、今日だったら飛べる気もしてきた。

—全てを失った。心中して自分だけ生き残ったらしい。4年の刑を終え、足場鳶として働き始める鞍馬。ただあの日から、幽霊になったマリアがずっとついてきて「あんた悪くないよ」と言ってくる。


2022年2月
●前期:5日~7日
5日(土)13:00/18:00
6日(日)13:00
7日(月)14:00

8日(火)休演日

■後期:9日~13日
9日(水)14:00/19:00
10日(木)19:00
11日(金)14:00/19:00
12日(土)13:00/18:00
13日(日)13:00

https://www.tokyoyako.com