「夕方暑くなるから」と言って、なかなか帰ろうとしない子どもの手を引いた。別にだまそうと思ったわけでなく、どうしてあんな言葉がほとりと落ちたんだろう少しは涼しくなるのに。

 

すぐそこに8月が迫っているんだな、と気付いた7月のおわり、6日には高市首相が来るのか…と息さえ止まっていたような夜、ああ夕凪だ、と気付いた。

 

 

「広島に来て、どうか原爆の恐ろしさ、被爆の実相を知ってください」と心から言うことができたらいいのに。来るだけならまだしも、核兵器廃絶など考えもしない彼女が、なんで慰霊碑の傍で挨拶するんじゃろうか。なんでじゃろうか。

 

けれどもいつだって大切なのは被爆者たちの言葉、態度だ。だからこの気持ちを訴えようとは思わない。被爆者が言わないから言わない。言わないけれど書くのは、「今日だけは叫ばないでほしい」という、かつての自分の言葉を思いやるからだ。彼女に対して叫ぶひとが居るのを理解するくらいには、わたしも怒っている。

 

「今日だけは」とねがっていたころのか細い肩を抱くように、明日の朝、挨拶だけでない声に、耳を澄ませるのかもしれない。