螢火を覗いて

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「今になってみると、じぶんが、福井の田舎のびんぼうな百姓の家に生まれ、山や田んぼのなかで育ったことが、じつはたいへんしあわせなことであったと思われる」

名前の後ろに(劇団民藝)とある以上、まほろばのおふたりが故郷、福井を愛している以上、切り放せない気がしてきた。民藝の創立者の一人、宇野重吉というひとの故郷への愛情は、出会ったことのないわたしさえ「福井に行かなければ」という気にさせる。福井のカニや蕎麦を食べなければ、カニや蕎麦を本当に食べたことにはならないのではないか、という強迫観念にかられる。それがただのわたしの食への欲だとしても、宇野先生を通して福井へ旅立つのも悪くない。

はじまりは、自分の故郷だった。
連なる山、いくつもの川、原爆ドーム、赤いユニフォーム、魚、牡蠣、あなご飯。夏なら、青い青い空、焦げるような暑さ、色鮮やかになるお墓、夕凪、しんとした気持ち。傷み。

福井の夏は涼しいのだろうか。福井で見る螢は、わたしの思い出のなかのあの、川の傍を寄り添うように飛ぶ螢と、同じだろうか。

 

——螢火を覗けば、映るのは故郷の光、景色、匂い、肌触り、思い出。

宇野先生が語る故郷。

フクロウやキツネの声、大根の甘さ、鄙びた町の家並み、絣の着物を着た自分、「オジジ」のむかしばなし。「ウニやカニやエビの味」以外は変わってしまった故郷。
「夏の夜などほたるが大きくひかってとびかうのさえ、ひとだまのように思えてこわかった」というのは、女ばかりの家にいた少年独特の気持ちかもしれないけれど、魂の帰るお盆には、そんな光もあったかもしれない。

海の厳しさ、雪の果てしなさ、信心深い人々。まったく知らない地を想像しては、いや違うかなどうかな、と旅する。その土を踏んでみようとする。
でも、知っていることもあるのだ。

「今になってみると、じぶんが、福井の田舎のびんぼうな百姓の家に生まれ、山や田んぼのなかで育ったことが、じつはたいへんしあわせなことであったと思われるのだ。『ふるさとの山はありがたきかな』などという歌のかなしさは、町で育った子どもにはわかるまい」


ライブ・ファンタジー
「HO. KO. LA -螢火-」

2018年8月3日(金)
18:30開演(18:00開場)

@恵比寿CreAto


前売:立ち見5500円+1ドリンク
当日:立ち見6500円+1ドリンク

芝居:丸山港都 笹本志穂
構成:川名幸宏
絵:中塚理恵
映像:小林和貴

http://www.w-mahoroba.jp/hokola/hotarubi/


思い出のなかへ、どうぞ。