はじまりは、むしゃくしゃしていた大学生のある日、普通じゃないものが読みたい、というよくわからない欲求が生まれて明大前で買った『そりゃ頭はでかいです、世界がすこんと入ります』。文章って、いや言葉って何なのか、頭はでかいわー、世界が入るわー、と「むしゃくしゃ」は見事に高揚に変化した。

沢山の人がはっとしたであろう『発光地帯』の「世界なんかわたしとあなたでやめればいい」とか、『あこがれ』のなかで女の子が言う「だから会いたいときに、会いたい人がいてさ、会えるんだったら、ぜったい会っておいたほうがいいと思うんだよね」とか、ほんとうに頷いてしまう。実際にはそうできなくても、頷くわたしで居たい。

どうせまだ無いんだろうな、と図書館の棚の下の方「川上未映子」の札のところをちらっと横目で見て、停止してしまった。『ウィステリアと三人の女たち』ゆっくりと抜き出して、じっと抱く。手が小刻みにふるえる。

ずっと記憶のことを考えていて、離れてしまった世界はどうなるのか考えていて、それはどこかにやっぱり残っているのではないかと思って。だから、「記憶」という言葉にどきりとし、マリーの愛の証明を、親しい友だちの言葉を聞くみたいに、もしくは頭のなかで自分と対話しているときみたいに、読んだ。

わたしはわたしの視点でしか世界を見られないし、書けない。他人の描いた世界も、自分の視点でしか眺められないし、読めない。それがわかっていても、本をゆっくり閉じてから、ばかみたいに素直に、ここにわたしの考えていることが在った、という静けさにふけるのだった。


手に取っては戻す。もう何度やったかわからないことを本屋さんで繰り返す。秋になり、やっぱり夏に読む方が良いから、と納得したはずなのに図書館で、気のないふりして検索する。するとコンピューターの画面をふるわせながら徐々にずらりと並んだのは、まぎれもない新作「夏物語」で、これも又ふるえながらの「貸出中」。すべての図書館から消えていた。


寒さが一段と厳しくなった頃、知人とお茶をしている最中に決めた。今ほんとうに欲しているならば、やっぱり今じゃなきゃいけないんだ。「本屋に寄ることにします」と別れてから、本当はお手洗いに行きたかったけれどその間に決心が揺らぐのが怖いから、自動ドアを抜けていく。新刊や話題作が積んである、大きな通路沿いのところにあって、わたしが到着すればもうそこにあるはずだった、でもなかった。じゃあ本棚の手前の積んであるところ、にもなかった。まさか棚に入れちゃったの。「あいうえおかわかみ…」と追ってもない。信じられない、どうなのこの本屋、と失望が悪口に変わりそうな頃、見つけた。目の前の棚の真ん中で、大きな帯を「どうよ」とばかりにこちらに向けて、ずり落ちそうなくらいたくさん、飾られていた。

目があった、まさにぎりぎり乗っています、という感じの一冊に手を伸ばす。胸に抱いてみる。お金を払った途端自分のものになるのではわたしには唐突すぎる。ゆっくりと本棚の間を縫うように歩き、自分のものになるのを待った。


帯を取るとまるで裸にしてしまったみたいに、つるんとした卵、というよりかレモン色の本。裸どころじゃない、扉を開いて白い紙を一枚一枚めくっていく。奥へ奥へ。もったいないから、毎晩少しずつ読んだ。


そこには、わたしが恐れている、やって来ない「いつか」があって、わたしが今日どこで何しているか世界中の誰も知らない不思議があって、自分の子どもに「会いたい」という主人公が行き着いた言葉に、数日前同じ言葉を記した自分を重ねた。わたしはわたしの子どもに会いたい。わたしは保守的なところがあるから、あなたの子どもに一番に会いたい、と言えるあなたが居たらいいのにと思う。言う権利のあるわたしだったらいいのに。


生まれたときのことを想うと、春、白い病室に母とふたりきりでいるのが浮かぶ。さすがに覚えてはいないし、実際にはわたしは別の部屋で知らない子どもたちと並んで眠っていたかもしれないけれど、この世界でふたりだけのわたしたちが、どうしても浮かぶ。

死というものを知ったとき、わたしの一番の恐怖は、母を失うことだった。耐えられると思えない。どうして耐えられるだろう?
祖母が死んだとき母を見ながら、あれっと思った。そこには思わぬ存在があった。わたしだった。兄が居て、父が居た。


家族は放っておけば減ってしまうのだから新しくつくるのだ、と言ったら打算的に聞こえるだろうか。


未来を描くのが苦手なわたしが、唯一強く描き続けてきた未来。どんなに大切なひとも、いつか必ず死んでしまうのだから、魔法みたいに居なくなってしまうのだから、だからせめて、あなたに会いたい。


世界中こんな状況でも、同じ屋根のしたに住むひとは会えるのだ。会いたいひとが在るなら会えばいいじゃないの何が違うの、と問ってみて、返ってくるのはひとつの答え。
「だって家族じゃないから」
そんならひとまず家族になったらええじゃないの、とも言えないまま、また、夏が来ようとしている。