数えるほどしか届かない年賀状が当たって、「ふるさと小包」なるものがもらえるという。カタログのなかには、食べ物からタオルや体温計まであって、好きなものを選んで葉書を出せば届く、というもの。選べる、という状態に慣れていないわたしは、喜びながら頭を抱えてしまう。

やっぱり生活よね、と考えて、お米かお蕎麦にしよう、と二択に絞ってしばらく、でも。当たった年賀状の送り主は作家さん。演劇の現場で出会った方ならば、演劇に役立つ何かにしたい気がする。そうだ、やっぱり蜂蜜にしよう。稽古中に喉のためにいただく蜂蜜なら、ふさわしい気がする。カタログには蜂蜜が二種類。うちにはまだ蜂蜜が残っているし、葉書は夏までに出せばいいから、と、のんびり選ぶことにして帰省をした。

広島では、法事でも無い限りゆっくりしている。お好み焼きを食べに行き、犬太(雑種)と遊び、母が録画しておいてくれた映画を観たり、散歩へ出たり、図書館や平和公園へ行くときもある。夕食を食べながらカープ中継を観る。「はるばる帰ってきたんじゃけぇ勝ちんさいよ」と言っていたら、負けが続いていたカープが本当に勝ったので、喜んで手を上げたら犬太の鼻をカコーンとやってしまった。


上京する日、母は手作りのお味噌を出して「持って帰りんさい」「送ればええよ」と、段ボールを持ってきてくれる。故郷のある人同士で、親が送ってくれる宅配便の話しをすることがある。大抵タオルの話しになって、「うちも」「うちも」と声を揃える。空間を埋めるのに使われるのはタオルだけではなく、「トイレットペーパーが入っててさ、こっちで買えるよなぁ」とか。

母は台所の下を覗いて、これも、これも、と詰めてくれる。「重たいもんがあったら入れんさい」との言葉に二階の自分の荷物を開けて、本を持って降りた頃には段ボールはいっぱいだった。お米が入り、お蕎麦が入り、レトルトカレー、お菓子、靴下、タオル。「これもどう?」と最後に入ったのは、蜂蜜だった。ガムテープで押し付けるようにして閉めた。

各々長旅して、数日後東京のアパートで再会した本物の「ふるさと小包」。こりゃ又カタログを手に悩むことになるぞ、と苦笑しながら封を解くと、ふわりと犬太の毛が舞った。