「追想」は若い男女の出会いとすれ違い、その後を、時系列に沿わず、実際追想していくように描いている。新婚旅行の最中に、出会ったときを想う。別れた後に、別れた日を想う。というように。

彼は人生のなかで彼女のことを理解するし、彼女は彼の教えてくれた曲がやっぱり好きだ。話せたら良かったのに、時間は一生分あったのに、と思わずにはいられないけれど、あのとき彼女には話せなかったし、彼には待てなかった。

語られない限り、耳を傾けない限り、ひとは他人の言動の背景にどんな過去が隠れているか知りようがない。だから言葉を紡がなければならないし、待たなければいけないときがあるということ。だからやっぱり、理解できなくとも何かを共有することに、価値があるのだろう。

映画の二人くらい若い頃、つまらない嫌悪感を膨らませて大切なものを手放してしまった。その夜には悔いて、正当化しようとしながらやっぱり悔いて、バカみたいに時間が経ってから、もう一度手を伸ばした。


「望んでいたものが手に入ると、本当にほしかったのはそれじゃあなかったって気がするのよね。それってつまり、わたしがありもしないものを求めているからだと思うの」
いつか読んだ小説のなかの魅力的な女性、パンドラの言葉が9月の空に浮かぶ。
「本当にいいものが指のあいだからすり抜けてしまったら、もうそれっきりなのよ。」


海岸で始まって終わる物語。
彼女の世界から彼が居なくなってしまってからも、彼女は彼の好きな曲を聴き、彼の世界の一部を自分のものにした。そうやって彼女は、世界を豊かにし続けたのだと思う。しあわせもふしあわせも全部合わせて、海みたいに、豊かにしたのだと思う。
それでもやっぱり過去ではなくて、それぞれの未来のなかに、お互いを描いていてほしかった。


「じゃあ、答えはどういうことになるんですか?」と問う青年にパンドラは答える。
「さあ、わからないわ。わたしはわたしであって、あなたじゃないんですもの。少しばかりの勇気、そしてたくさんの信頼ってことかしら」




引用

「九月に」
作:ロザムンド・ピルチャー
訳:中村妙子
朔北社