8月6日、被爆証言の朗読に参加します。

今まで避けてきたことで、今はうっすら心細い気持ちです。戦争ありきで進んでいく世界で、企画も思うように進められずあまりに無力で、いただいたお話をただただ受けました。考えていては追いつかない速度で戦争は進んでゆくのだ。でも考えることをやめてしまうから進んでゆくのか。

 

高校生のとき聞いた女優さんの原爆詩の朗読に、怒りに近い感情をおぼえたわたしは、今もヒロシマを伝える舞台や朗読を見ようとは思わないのです。ヒロシマはすぐそこにあるから。土の下にも空にもひとにも。被爆者がまだ生きているのにどうして自分が語るのか、疑問は消えません。

けれどこの東京でヒロシマはあまりに遠く、思い出されなければ存在しない場所みたい。「ハリーポッター」の9 3/4番線みたいに、知らない人にしか見えない場所みたい。それが去年の8月6日、銀色のラジオを見つめながら感じたことでした。

 

母校広島女学院の同級生、先輩方とともに、あの日を生きた先輩たちの証言集『平和を祈る人たちへ』のなかから数編を読みます。

女の子たちの声が、届きますように。