「今これ気になっとる」と友人が教えてくれた本を求めて本屋へ行ったら、手に取った本の向こうに机の白い板がさびしく、ごめんなさい、在庫まだ在るのだろうか。今日この本に出会えたかもしれないひとを思う。

 

企画(My Little Words about Hiroshima × You)でずっと「あなた」を探していたわたしは、「あなた」と呼ばれてはっとする。著作を追いながら、「これはわたしの言葉では」「どこかにわたし出てきちゃうんでは」とよくわからない錯覚を起こしながら、世界は少しずつ変わってゆく。

 

ずっと過去を追いかけていた。死んでしまった祖父にまつわる記憶をひたすらに書き出し、一緒にドラッグストアへ行ったとき買ったものが思い出せなくって泣いたわたしは今、今のことも曖昧で、未来への不安が勝っている。毎日の献立が渦を巻き、「夕飯明日でもいい?」と訊いたりする。

 

「ひとには、どんなひとにも、ことばがあり、問いがあり、考えていることがある。それが役に立つとか深いとか面白いとか強いとか、そう輪郭付けられる前に、ただある。そのことに、集中したい。」(『さみしくてごめん』あとがきより)

 

 

まずはここに、と、あまりに不完全な文章を、書く。

 

 

 

 

 

永井玲衣 (哲学者・作家)

『さみしくてごめん』(大和書房)

『世界の適切な保存』(講談社)

『水中の哲学者たち』(晶文社)