もうひとつ。

気になる歌があった。



この久世氏の言葉を小泉今日子さんが紡ぐ。



“ …何をやっても面白くない春の夕暮れに、渡辺マリの「東京ドドンパ娘」という歌が、どうしてか思い出されてならないことがあった。

涼やかな風の渡る夏の朝に「暗いはしけ」が聞こえてきたこともある。


その日、その時によって、私の最期の刻の歌はめまぐるしく変わり、

すぐにでも見つかると思ったマイ・ラスト・ソングは、今日も行方知れずのままである。

それほど、心にかかる歌がたくさんあるということだろうか。

それとも、たった一曲の歌を探しあぐねるほど、私は定めのない乱れた日々を送ってきたということだろうか。


私の歌探しは、いつまで続くのだろう。


1995年3月 久世光彦”



ひと呼吸おいて浜田真理子さんのピアノと歌が共鳴する。



恋はみじかい

夢のようなものだけど

女心は

夢を見るのが好きなの


夢のくちづけ

夢の涙

喜びも悲しみも

みんな夢の中


優しい言葉で

夢がはじまったのね

愛しい人を

夢でつかまえたのね



身も心も

あげてしまったけど

なんで惜しかろ

どうせ夢だもの




冷たい言葉で

暗くなった夢の中

みえない姿を

追いかけてゆく私


泣かないで

嘆かないで

消えていった面影も

みんな夢の中




世の中に

たえて桜のなかりせば

春の心はのどけからまし


桜や恋がなくなれば、

どれほど心が穏やかでいることだろう。


(などと恋多き業平の気持ちで言ってみる)