D51338の ほぼ蒸機ブログ “NO STEAM, NO LIFE!” -37ページ目

D51338の ほぼ蒸機ブログ “NO STEAM, NO LIFE!”

“NO STEAM, NO LIFE!”
物心がついた時から蒸気機関車が好き。
1970年代に撮った写真はプリントでわずかに残るのみ(泣)
今は関東近県の復活蒸機を撮影するのが楽しみ。
そんな写真を載せたいと思います。
D51338は故郷、飛騨高山にいたカマです。

寒くなってついにエアコンの暖房を入れてしまいました。ついこの間まで冷房だったのに。エアコンを使わない期間が短すぎですね。電気代が値上がりしていて請求書が心配です。

 

さて「夜汽車 鉄道百五十年号」つながりで掘り鉄してたら4年前のちょうど今日はYOGISHAでした。たぶん^^; 未掲載写真を。

 

① 最初はヤギシブの高速先で。この時は往路からすっかりYOGISHAの時間です。17:24ごろ撮影 1/20s,f/2.8,ISO 6400

② この時も後閑駅で。Kさん合流。18:33ごろ撮影 1/125s,f/2.8,ISO 6400 ちょっと荒れてますね。今年はf/1.8,ISO 3200でした。

③ 18:35ごろ、1/20s,f/2.8,ISO 3200で後追いを撮ってました。というわけで早くも掘り鉄生活に入りました^^; 

 

 

昨日、5回目接種をしてきました。金曜に接種券が届き土曜に予約、日曜に接種と速いです。3回目と同じモデルナ。ずっと平熱のまま、腕は押さえると痛いくらいで副反応はありません。

 

さて、「夜汽車 鉄道百五十年号」から10日も経ちましたが、最終回となります。引っぱりましたねえ、これにてネタ切れです^^;

 

① いい煙で来てくれました。副灯も点けてます。先日の速報の後カットです。data:1/125s, f/1.4, ISO 6400  2022.10.14 20:25頃

② 手持ちは流しで。こんなアップもたまにはいいかも。照明の場所がわかりますね。 data:1/20s, f/1.8, ISO 1600

③ 次のカットはキャブです。花火の赤がボイラに映ってます。機関助士さんが川原で上がった花火を見ている^^;?

④ 客車の最後尾です。この日は青い客車じゃなかったんです。このあと、後追いも撮っていたんですがブレていてボツ(T_T)

⑤ 水上のあと高速で渋川手前に。ここでも花火が上がりました。列車と花火のタイミングが合ったのは私のではこれくらい。こんな時、ボイラの灯りは目印になりますね。 敷島~渋川 21:22頃

オマケ: 花火が開いているのはありますが機関車と煙、かろうじて。

これにて列車追跡シリーズ?「夜汽車 鉄道百五十年号」お開きです。

これ↓いいんですよねえ。

 

昨日、おとといと連チャンで呑みがあり、2日とも秋葉原。43年前に入社したときの勤務地ですが、当時担当の電気屋さんはほとんどなくなりオタクの街。メイドカフェの客引きお嬢さんの多いのにビックリ!末広町から秋葉原駅まで歩いているだけで100人はいたように思います。

 

さて、百五十年号から早くも1週間以上も経ってしまいました。

ネタが限られているので今日もキザミます^^;

① ワンタンじゃなくて~(^^) スカイランタンと言うらしいですね。

② 後で見たらHM、ボイラの手すりの下、ランボード下に照明があるのに発車の時まで気がつかないというボケ老人は私です^^;

③ ②③とも間に入らせていただき撮れるという混みようでした。

④ 機回しはint14さんと橋の上から。これで電飾がなかったらよく見えなかったでしょうからある意味、助けられたということですね^^;

⑤ キャブの灯りも見えボイラ付近が光ってます。今日はここまで。以上、2022.10.14 水上にて。※全部手持ち撮影でした。

 

↓やっと読み終わりました。1ヶ月かかってます^^; 

 

 

宮田踏切の夕景から約1時間後、後閑駅ホームで発車を撮ります。

ネタが限られているので今日もここ1か所のみとキザミます^^;

 

①以前のYOGISHAでも京都特派員のKさんと後閑で撮っていました。15分ほど前の1本前の下り電車で10人ほどの方がいらっしゃって賑わいました。黒煙と汽笛で発車!

② 日没が17時ごろですから17:40ですとすっかり夜汽車です。

③ すぐにホーム端に移動し後追いです。このあと最後尾の赤いランプをと思ったのですが、この日はなぜかELが付いていてダメでした。ELの後ろ姿はカバー写真に。以上、2022.10.14撮影 1/100s,f/1.8,ISO 3200

 

 

本日は久しぶりに京都支局に駐在のKさんReportです。私が上越線で青い旧型客車付きを撮っていた10/10、梅小路公園からアレを撮影してきたらしいです。でもなんで「SL」なんだろ^^;? 代理投稿 by D51338

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Kです。先週の三連休の最終日の10月10日、京都鉄道博物館で「特別なSLスチーム号」が運行されるというので、蒸気機関車館の外側の梅小路公園からちょっとだけ撮影してみました。

鉄道150年を記念して、この間までSLやまぐち号などに連結され活躍していたマイテ49 2が京都鉄道博物館に収蔵されることになり、10月6日から11日の間に運転される「特別なSLスチーム号」が、どうやらマイテ49の最後の線路上走行の機会となるらしいです。


それなら乗車しようかとも思ったのですが、気が付くのが遅くチケットは既に完売。それで外からの撮影に切り替えたのですが、好天だった8日は何故か出勤(泣)、9日は冷たい雨で撮影に不適だったので、10日に行こうと予定しました。

ところが当日10日の朝、まさかの事態が起きているのに気が付きずいぶん気持ちが萎えてしまったのですが、マイテ49が走るのを見るのは最後かと思い、気をとり直して行ってきました。

① 梅小路公園の京都駅寄りの端の方、SLスチーム号の線路の終点(折り返し点)付近で、「特別なSLスチーム号」を待ち構えました。
1938(昭和13)年に、特急列車に連結される1等展望車として2両が製造されたマイテ49型。車内にはエンジ色のカバーのソファーが置かれています。


② 特徴は最後部の展望デッキ。
特急列車の最後尾でヘッドマークをつけて活躍した時代もありましたが、特別な”SL”スチーム号での運転では、安全確保のためかデッキは閉鎖されていました。


③ あらかじめわかってはいたのですが、「まさかの事態」が何だったのかは、この写真を見ればわかります。画面右端にチラっと見えているのは、そう、オレンジ色の憎いヤツ、です。


④ 3連休最終日の10月10日だけ、何故か最初からDE10牽引で運行予定が組まれていました。それじゃ”SL”スチーム号じゃないじゃん、と言いたいところですが。。。ちなみにこの日以外の5日間の「特別なSLスチーム号」は、大正時代の急行旅客用の名機、8630の牽引でした。


⑤ 折り返しの発車直後の撮影。

客車はマイテ49の次に青色のスハフ12を連結していました。マイテの扉の上の「1等」の電球色の表示が良いですね。


⑥ 12系客車の側面の行先字幕は「青森」の表示。

この1時間前の運行では「新宮」の表示になっていました。


折り返しの 発車シーンを動画でも撮りましたのでご覧ください。


⑦ この写真以降は全て動画からの切り出しです。マイテ49の大きな特徴のひとつは3軸ボギー車であること。戦前の1等展望車には、乗りごごちを良くするため3軸ボギー台車が採用されていたようです。


⑧ DE10との連結の近くの3軸ボギー車です。


ここで動画を2本載せます。

3軸ボギー台車のジョイント通過を撮るため、SL牽引でないことには目をつぶって出撃したのです。ぜひご覧ください!

 

2本目の動画はレールの継ぎ目の真横から、継ぎ目を通る車輪だけを撮影しました。3軸ボギー台車のジョイント音をお楽しみください。


⑨ 線路際で撮影した「特別な”SL"スチーム号」です。梅小路公園の中からは編成全部を見渡せる場所はなく、客車も見えるように撮るのはこれが精一杯です。


⑩ ⑨はバック運転時の撮影ですが、その後折返しで戻ってくるときに、マイテ49の展望車をアップで撮影。


⑪ デーテン牽引でも、客車横のサボの表示は「特別なSLスチーム号」でした。。。


最後に⑩⑪の切り出し写真のシーンを含む動画を載せます。

 

 以上、お楽しみいただけましたでしょうか。蒸機現役時代を知っている我々の世代に限れば、DLファンはおそらく少ないと思いますが、昭和生まれの車両の一つとして、DD51とともに令和の今もなお現役を張っているのがDE10なのですね。下の世代にはファンも多い車両なので、1日限りの晴れ舞台も拍手すべきナイスアレンジなのかもしれません。

さて、またこれであっという間にネタ切れです。

この先何か思いついて鉄ネタを仕入れましたら、突然乱入させていただくかもしれません。よろしくお願いします。

 

 

「夜汽車 鉄道百五十年号」その2です。夕日が沈み始めました。

ネタが限られているので今日もここ1か所のみとキザミます^^;

津久田~岩本の第3利根川橋梁の川原に向かっていたのですが、宮田踏切で夕日が沈みそう。これはいいねとglockさんと話していたら、以心伝心?、先導の煙ら~さんも左折^^; 急きょ、ここになりました。おもしろいものですね(^^)/

 

① 渋川を発車する汽笛が聞こえ、ドラフトの響きにワクワクです。バックは榛名山です。2022.10.14 16:43ごろ 渋川~敷島

② 機関車の上に沈む夕日がキラリン! 

③ こういうシーンもこの時間の運行ならでは。そうそう、4日前の10/10には線路両側にあったハサ掛けもこちら側の藁ぼっちもきれいに無くなっていました。

↓50年以上前の写真集ですが見ごたえあります、おススメです。安いのもいいです^^;

 

「夜汽車 鉄道百五十年号」本編スタートです。夜汽車といいながら往路の明るい時間です^^; 今日はここ1か所のみとキザミます^^;

 

① 煙ら~さんオススメのヤギシブ、サイド狙いです。2009年撮影の同じ場所を先日投稿しましたが、やはり稲が残っていますね。その時と同じ写真になってしまうので今回は1/20sで流してみました。テンダの後ろの煙突は決して見ないでください^^; 

② 電飾はもう付いているんでしょうか。

拡大して見ると何かあるような、ないような?

③ 実はここ、ギラリ狙いでした。光ってますね。この前の①②を撮りたくて欲張りました。デゴイチ、やっぱカッコイイですね。

以上、2022.10.14 16:12頃 上越線 八木原~渋川 

 

「鉄道記念日に撮影するのは50年ぶりだから!」 かなりムリのある言い訳で、10/10に続き昨日10/14もまた上越線に(^^)/

ということで今朝は速報で「夜汽車鉄道百五十年号」1枚だけ。

1/125s,f/1.4,ISO 6400でした。2022.10.14 水上駅

今回は・338号ではなく57-55号にお世話になりました。glockさん、ありがとうございました。

煙ら~さん連チャンで、湘南ナンバーの方、名古屋から自走されてきた方!お疲れ様でした!

 

煙が赤いのはサプライズで河原から上がった花火が映っているから。HMは電飾で、トンでます^^; ランボードの上と下にも電飾が!(ナクテイイノニ) よく見ると次位にEF64が・・・(T_T)。 今日はここまで!

 

10/10と言えば1964年の東京オリンピック開会式の日。よほどインパクトがあったのか、8才だったのによく覚えています。再放送で後で何度も観たからかもしれませんねwww

 

さあ、その10/10の上越線、一気に行っちゃいましょう!

① 水上まで行き戻りながらロケハン。宮田踏切手前で稲架掛け発見! 当初、渋川手前でもと思っていましたが、ここ人気ありそうだから場所取りしないと、ここでいいよねということに。我々が3番乗り。その後追いかけ組が続々と!渋川~敷島

② 朝のロケハンで昔撮ったことのある所で稲架掛け発見!ビニールは見なかったことにしてください^^; 草ボウボウがビミョー(T_T) 後閑~上牧

③ 温泉に入ったあとの復路です。煙は期待できないけれど。。。

紅葉の時期に運行があるといいですね。上牧~後閑

④ 「♪風立ちぬ 今は秋 今日から私は 心の旅人」 

宮田踏切、朝の反対側で。煙はないけど稲架掛けと藁ぼっち狙いで! 敷島~渋川

⑤ ④のあと煙ら~さんのクルマの後をついて行くはずが同じ色の別の車について間違って右折、大変失礼いたしました。でもここで落ち合えました。列車が遅れたのでレンズを取り替えに行ったら来てしまい撮っただけのボツ写真です。渋川~八木原

 

 

昨日はD51で旧型客車というのに惹かれ今月初の撮影に出かけました! glockさん、煙ら~さんお疲れ様でした!

旧型客車1両が青い色になったと聞いていたのですが、機関車のすぐ後ろに入ってました↓

ということで今日はここまで^^; 

スハフ42 2234 マメ知識:1954(昭和29)年7月、日本車輛にて「スハフ42 234」として誕生。

新津客貨車区→1959 (昭和34)年、高松客貨車区→1961(昭和36)年、仙台客貨車区 1962(昭和37)年10月、電気暖房化「スハフ42 2234」に改番。1964(昭和39)年3月 近代化改造 1965(昭和40)年、盛岡客貨車区 1972(昭和47)年10月 体質改善工事、青15号へ塗色変更。1985(昭和60)年、秋田運転区、1994年、高崎運転所。茶色(ぶどう2号)に変更。

2022年9月、秋田総合車両センターにて再び青15号へ変更、10/9、信越線の「EL/SLぐんまよこかわ」から運用に。

2日目が昨日だったというわけです。実は私、青い客車を見た記憶があまりないです。私の田舎にはいなかった。glockさんは「急行安芸」などで見て撮ったらしいです(^^)/