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人吉鉄映会

熊本県人吉市・球磨郡を走る肥薩線・湯前線・くま川鉄道の今と昔を発信していきます。

人吉鉄映会です。

 

令和2年熊本水害から2か月を経過しました。街中は片付けも進んだものの、市街地としてはまだ機能していない状況です。

 

そんな中、人吉球磨の鉄道復旧としては、くま川鉄道が国の支援を受けて復旧を目指すという方針がなされたものの、肥薩線は今後の治水対策を見極めてからということになっています。熊本県の樺島知事は川辺川ダム建設も選択肢に入れた治水対策を今年中の示すという報道がありました。肥薩線は復旧ということになっても、ほぼ新規で作るのと同等の工事が必要で復旧費用も3桁億円かかる見積もりも出ていました。ますます復旧のハードルが上がる一方で、心配しかありません。

 

いずれにせよ、まだ鉄道は水害被害の状況から全く手が付けられていない状況です。

 

今回はくま川鉄道の人吉温泉駅から3番目の駅「川村駅」の惨状を見て頂きます。

豪雨の傷跡が痛々しい川村駅

 

川村駅は1953年に誕生した無人駅です。下り1つ手前の駅、相良藩願成寺駅が県立人吉高校、下り次の駅、肥後西村駅が球磨中央高校(旧球磨商業高校)の最寄り駅になり丁度挟まれた格好になります。

 

無人駅とはいえ、ここには名誉駅長 下田幸さんを始めとした「べっぴん隊」が田園シンフォニーのお客さんをおもてなししておられ、このブログをご覧の方でも乗られて実際に癒された方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

 


「べっぴん隊」による お・も・て・な・し 2017年4月

 

地元の鉄道をもりあげようとされるお気持ちが嬉しいですね。

ちなみに「川村」という名は旧地名で、昭和31年の合併後は消滅しています。川辺川のそばの村ということにちなんで名付けられた地名は駅名には残されました。(現在の地名は球磨郡相良村大字柳瀬)

 

川村駅は昭和40年・46年の水害でも浸水被害にあいましたが、今回はそれに比べられないほどの甚大な被害になりました。

 

川村駅の被害状況です。

 

下り(球磨川第四橋梁・肥後西村)方向

 

 

意外なことに線路は流されていませんでした。しかし土砂が覆いつくして雑草が茂まくってます。

 

 

 

 

ホームの被害は甚大でした。

 

 

 

 

駅舎(待合所)が原形をを留めていたのは奇跡かもしれません。駅舎の右端に貼られた有形文化財の認定証まで残こっていました。

 

この先(湯前方面)に向うと、球磨川球磨第四橋梁があります。ここの被害も目の当たりにしてきましたので次回報告します。

川村を出ると右方向に曲がり球磨川第四橋梁に向かいます。この先の惨状は次回で

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

令和2年豪雨で被災された方にお見舞い申し上げます。

また復旧支援をされていらっしゃるボランティアの方に、心から感謝申し上げます。

コロナに配慮しながら復旧頑張っていきましょう。

頑張ろう!人吉・球磨・芦北・八代   甦れ!!肥薩線・くま川鉄道

 

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

2020年は全世界的に日常を変えてしまう大変な年になってしまいました。

 

本来なら今頃は東京オリンピックの熱気も冷めやらず、ラグビーワールドカップの時のようにメダリストたちがスポーツ番組やバラエティー番組に引っ張りだこで盛り上がっていたはずです。

それがコロナに加え、人吉球磨は大水害被害に見舞われ、鉄道は運休どころか運行不可能な状況に見舞われました。

 

当会でも6月以降はコロナ運休・水害被害の状況のブログが主となり、本来の人吉球磨の今と昔の鉄道風景を見て頂くというブログまで行きつかない状況でした。

 

今後は肥薩線やくま川鉄道の復旧も見守りながら、鉄映会として引き続き懐かしい鉄道風景をお届けしたいと思い、懐かしシリーズを久しぶりにご覧頂きたいと思います。

 

今回は人吉区での旧形式のディーゼル気動車をテーマにお送りします。

 

まずはキハ41600形

キハ41641[熊ヒト] 1955年5月 人吉区

 

キハ41636[熊ヒト] 1955年5月

湯前線 東人吉-川村

 

キハ41638+キハ41642 1955年5月

 肥薩線上り 611D 人吉-渡

 

 

キハ41641[熊ヒト] 1955年5月

人吉区 左後方はキハ45500形

 

キハ41600形は1951年にキハ41500の車体を変更して50両新造されています。見た目は41500形と見分けにくいですが、車体がリベットを使用せず全溶接であることや、屋根に雨どいがあるという違いがあります。

 

キハ41600形の人吉での運行は、無煙化を進める湯前線、肥薩線への初のディーゼル気動車として導入され、キハ41638~642・41649の6台が運行された記録が残っています。

 

次はキハ45500形(新型式キハ16)

 

 

キハ45589+キハ45582+キハ451144+キハ45578

導入試運転 人吉駅 1955年

 

キハ45500は1954年から55年かけて99輌作成されました。1957年の形式称号改正でキハ16形に変更になりました。キハ16は片運転台の便所なしの車両で便所なしという点が99輌しか作成されなかった理由とされています。(便所付きはキハ17)

 

上の3枚の写真は45500形の人吉運用試運転で本格的な肥薩線、湯前線へのDC運用が始まることになる第1歩の瞬間で、以降キハ55形などを中心としたくまがわ号、えびの号などの優等列車を始めとするDCが蒸気機関車と共に人吉球磨の鉄路を駆け抜けることになります。

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

令和2年豪雨で被災された方にお見舞い申し上げます。

また復旧支援をされていらっしゃるボランティアの方に、心から感謝申し上げます。

コロナに配慮しながら復旧頑張っていきましょう。

頑張ろう!人吉・球磨・芦北・八代   甦れ!!肥薩線・くま川鉄道

 

人吉鉄映会です。

 

令和2年豪雨での球磨川水系氾濫による水害から来週で2か月経とうとしています。

 

地元住民はもとより、ボランティアの方々のご努力により、土砂・瓦礫類はだいぶん片付いたところもありますが、今後は住宅や施設をどう修復していくのかが住民にとって一番頭の痛いところであると思います。何か自治体などに支援できるところがあれば協力していきたいところです。

 

ところでこの豪雨で鉄橋・駅舎・線路流出で不通になっているくま川鉄道・肥薩線の復旧の方向性が報道により見えてきました。

 

まずはくま川鉄道です。

くま川鉄道被害 🄫くま川鉄道

 

くま川鉄道は8月27日に臨時取締役会を開き、鉄道事業の復旧をきめたそうです。復旧費の97.5%を国が負担する支援制度を活用するというのが決定の決め手になったようです。

 

現在はバスでの代替輸送を行っていますが、人吉市や球磨郡に住んでいる高校生や車移動が困難なお年寄りなどにとっては欠かせない鉄道です。くま川鉄道は田園風景を眺めながらの観光列車といった側面もあるものの、一番は「地元の足」であり、これは国鉄湯前線時代から普遍のものです。

 

復旧費用・期間もどれだけかかるかは分からないそうですが、永江社長は被害が少なかった人吉温泉駅~川村・肥後西村ぐらいまでは早急に運行させたい旨話されていました。今後の進展を引き続き注視していきたいと思います。とにかく明るい話題です。

 

 

次は肥薩線です。

流出した球磨川第一橋梁。いつもはこのように穏やかな川ですが

 

まずは8月24日にJR九州が発表した在来線の収支報告によると

肥薩線 八代-人吉(通称川線) 6億2,100万円の赤字   (18年度は5億7,300万円の赤字)

肥薩線 人吉-吉松(通称山線) 2億7,000万円の赤字   (18年度は2億6,100万円の赤字)

 

となっていました。前回の発表後でまだ肥薩線が運行していた時に書かせて頂いた過去のブログでは「廃線危機かも」と書かせてもらった程度でしたが、現状ではそれも現実味を帯びてきた状況です。

 

津波や豪雨などで過去にも多くの路線が被災しています。国の方針は「鉄道は民間事業であり鉄道事業者の資金で行うのが基本」とされています。だた鉄道軌道整備法で赤字事業者の赤字路線に限り国が半額を補助してきました。現在は黒字業者でも3年間赤字路線は対象となっていますので肥薩線はその対象にはなり得ます。

 

しかし過去には2017年の九州北部豪雨での日田彦線復旧に当たってはJR九州が年1億6000万円を地元の負担を復旧条件に挙げたり、鉄道復旧にこだわる地元自治体とバス転換にこだわるJRとの間で紛糾したなど、すんなり復旧出来たところは多くないようです。

国が一部負担しようが、根本的な復旧費は事業者が負担する必要があります。そこが黒字路線ならばそのうち回収できますが、あえて赤字路線を費用をかけて復旧するのかはそれこそ事業者の経営判断になります。

 

JR九州の青柳社長は8月26日の定例会見で「球磨川の治水対策方針を見極めた上での復旧方法を検討する」と話されました。確かに膨大な費用を費やして復旧させたとしてもまた同じような災害に見舞われていては元も子もありません。JR九州が肥薩線復旧を表明してもステークホルダーにその根拠となる説明を求められるのは明らかです。

 

球磨川も川幅を広げたり、川床を掘り下げる治水工事を行って随時洪水対策を実施してきたようです。ただ今回の「1000年に1度」もしくは「球磨川有史以来」と言われる大水害に当たっては、県の検証会が先日開催されました。それによると民主党政権時の脱ダム方針や樺島知事のダムに頼らない治水の方針で立ち消えになった川辺川ダム建設の必要性が再燃するなど大幅な治水方針の見直しが行われるようです。

 

ただ万一仮にダムが出来てそこから復旧ということになれば、私が生きているうちに肥薩線復活をも届けられるかぐらい、いつになるかわからないので、早い結論を出して頂きたいものです。水害検証会と方向性、それに伴うJR九州の方針も注視していきましょう。

 

今回はほとんど文字のブログになったので最後に小ネタを

不二家のカントリーマアムに球磨栗味が発売されました。14枚入りのミニパックで中袋にもくまモンが描かれています。味も正に栗の風味がしっかりしていて大変おいしいです。売り上げの一部は豪雨災害の寄付に使われるそうなので「おいしく食べて被災地支援」をよろしくお願いします。

 

本日もご覧いただきありがとうございました。

令和2年豪雨で被災されていらっしゃる方にお見舞い申し上げます。

猛暑の中、汗だくになって復旧支援をされていらっしゃるボランティアの方に、心から感謝申し上げます。

まだまだ暑い日が続きますので熱中症、それとコロナに配慮しながら復旧頑張っていきましょう。

頑張ろう!人吉・球磨・芦北・八代   甦れ!!肥薩線・くま川鉄道

 

 

人吉鉄映会です。

 

肥薩線不通による八代~吉松の鉄道運休に次いで、また悲しいニュースが入りました。

9/19より吉松~隼人~鹿児島~鹿児島中央を運行するJR九州観光列車「はやとの風」が運休になるようです。

 

「はやとの風」は肥薩線・日豊本線・鹿児島本線を経由する観光列車で、今から紹介します「いさぶろう・しんぺい号」との接続で熊本~鹿児島中央まで九州南部の球磨川~九州山脈を通過する観光列車として運行されていました。


吉松駅接続で並ぶ「いさぶろう・しんぺい」と「はやとの風」

2018年1月 旧停車位置

 

運休の理由はコロナの影響となっていますが、私自身は「いさぶろう・しんぺい」が運休になった際に、単独での「はやとの風」の吉松での乗降は厳しいかなとは思っていました。そういった乗客の低下も少なからずとも要因はないでしょうか。吉松駅はここに機関区があった頃はそれは賑わいも見られてましたが、今は肥薩線・吉都線の運行本数自体も減って、駅前も静かな状況ではあります。

 

 

ほとんど人の行き来もない吉松駅前 2019年12月

 

JR九州の発表のようにコロナが主たる運休の要因であるのかも知れませんが、ここへの鉄道以外でのアクセスもなかなか容易ではありません(九州自動車道えびのIC下車⇒国道268号もしくは国道3号線⇒268号線)。鉄道なら吉都線がありますが「はやとの風」との接続も時間が空きますし、朝夕以外は本数がかなり少ないです。

九州南部を走る観光列車がまた見れなくなりました。

 

列車の運休を偲んで、ここからは「いさぶろう・しんぺい」から「はやとの風」での熊本~鹿児島中央の旅を簡単に振り返ってみます。また同じ風景が見れることを信じて・・・

いさぶろう1号 ホーム入線@熊本駅

 

いさぶろう1号(肥薩線下り 熊本-吉松)としんぺい4号(同上り 吉松-熊本)は熊本-人吉間は特急として運行してます。(九州横断特急・くまがわ号の代替としての位置づけ)熊本駅から乗る場合は特急券が必要です。

 

水戸岡さんデザインの重厚な車内

 

8:31熊本駅発車。一路人吉へ

肥薩線 芋川橋梁@一勝地

人吉までは今回の令和2年豪雨災害で大きなダメージを受けた肥薩線川線を進みます。球磨川第一橋梁・第二橋梁を通過する際は車内アナウンスがあります。

渡駅を過ぎると客室乗務員の方が人吉駅名物栗弁当・鮎寿司の予約を聞きに来られます。

特急ですので、そうこうしているうちに人吉駅に到着です。10:08

 

いさぶろう1号@人吉駅 サボは熊本⇔人吉⇔吉松です。

 

人吉駅からは普通列車の観光列車になります。熊本からの方は車内で予約していた、人吉駅から乗られる方は、「弁当のやまぐち」さんから直接買われた「栗弁当」を味わいながら、山線を満喫しましょう。

肥薩線球磨川第三橋梁 2017年1月

第三橋梁を過ぎると今までの川沿いの風景から一変します。

山間を進むいさぶろう 人吉-大畑 2017年11月

 

そして大畑(おこば)駅に到着です。

大畑駅 2018年3月

春先は鉄道職員が植え続けてきた桜が乗客を出迎えます。乗客・撮り鉄の方も大勢で賑いを見せます。

 

大畑といえばスイッチバックです。大畑駅から出発し、一旦バックで転向線に向かい、また進行方向を変え25‰のループ線を上っていきます。ディーゼル気動車は運転台を変わるだけなので、ブレーキハンドルを持った運転手さんが通路を行き来するのも見ものです。エンジン全開でキハ47が山越えに挑みます。

 

 

そして矢岳駅に到着。「秘境駅」です(笑)

矢岳駅 肥薩線最高標高表示(消えかけてます)といさぶろう1号 2019 12月

 

矢岳駅での見ものは古い駅舎もさることながら、SL館でしょう。

 

以前のブログでも書きましたが矢岳のSL保存状態はよくありません。吉松や九州鉄道記念館のそれとは雲泥の差です。矢岳駅近くに住んでおられた国鉄職員OBの方(故人)が綺麗に手入れされていましたが、高齢で引退された後は管理する方がいなくなっています。残念です。

 

矢岳駅を出て日本三大車窓で一旦停止して風景を堪能したあと、真幸駅へ向かいます。

三大車窓。季節と天候で風景も変わります。

 

真幸駅もスイッチバックがあります。

いさぶろう1号の車窓からスイッチバック線路を望む

(一番左の下る線路が吉松駅行き)

 

真の幸せと書いて真幸駅 幸せの鐘を鳴らしましょう。

 

そして11:22 いさぶろう1号の終点、吉松駅に到着です。 このあと列車はしんぺい2号として人吉へ折り返します。

 

このブログの1番上の「いさぶろう・しんぺい」と「はやとの風」は並んで停車してましたが、跨線橋を渡る手間を省くため、ホーム跨ぎの停車に変わりました。

吉松駅 2019年12月 普通列車も一緒に

 

はやとの風に乗り込みます。

 

 

こちらも水戸岡デザイン

 

はやとの風1号 11:37 吉松駅出発。観光停車の最初の見はどころは大隅横川駅

 

後に出てくる嘉例川駅と同じ1903年開業開業。しかしなぜか嘉例川のほうが歴史的建造物として有名です。柱には戦時中の米軍の機銃放射の跡が長い歴史を物語る遺構となっています。

 

そして嘉例川駅。

 

嘉例川駅 1903年開業 駅弁も有名 2019年12月

 

肥薩線山線は大畑駅からもほぼ開業当時の趣きを残す名駅舎ばかりです。いさぶろう・しんぺい、はやとの風は観光列車とはいえ、停車時間は10~15分ほどでじっくり見るには時間がありませんね。何度も来るしかありませんが・・・今はそれも叶わないことです。

 

隼人で肥薩線に別れを告げ、日豊線、鹿児島本線を通り、終点鹿児島中央駅を目指します。

錦江湾へ出ると桜島が見えてきます。はやとの風車窓から

 

13:05 鹿児島中央駅到着です。

鹿児島中央駅にあるオブジェ

 

熊本駅を出発してからは4時間半の長旅ではありますが、新幹線や特急列車のように「早く目的地に着く」列車ではなく、ゆっくり列車と風景を味わう旅ではあります。しかしこの楽しい長旅もできなくなってしまいました。

 

SL人吉・いさぶろう・しんぺい・やませみ・かわせみ、そしてはやとの風・・・、肥薩線の観光列車はついに全滅してしまいました。。。。いつ復活するんでしょうか。人吉・球磨と同じく、復活を祈って前を向いていきましょう!

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

 

令和2年豪雨で被災されていらっしゃる方にお見舞い申し上げます。

猛暑の中、汗だくになって復旧支援をされていらっしゃるボランティアの方に、心から感謝申し上げます。

まだまだ暑い日が続きますので熱中症、それとコロナに配慮しながら復旧頑張っていきましょう。

 

頑張ろう!人吉・球磨・芦北・八代   甦れ!!肥薩線・くま川鉄道

 

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

暑い日が続いていますが、皆様体調崩されてはいないでしょうか。

 

今回は熊本駅での撮影です。

 

豊肥線は8月8日に全線開通し、あそぼ~い(熊本~阿蘇~別府)、九州横断特急(同)、特急あそ(熊本~阿蘇~宮地)が熊本地震から復旧した阿蘇路を駆け抜けており、コロナ禍とはいえ賑わいを見せている状況であります。

特急あそ キハ185 熊本駅

 

「特急あそ」は宮地発熊本行きの6号が最終となり、熊本駅着は17:06となっています。それとほぼ同じ時間の17:01に三角線運行の観光列車、「A列車で行こう6号」が到着します。

 

A列車で行こう キハ185 @熊本駅到着

 

これらの列車を2ショットで撮ろうとするとこのザマになります。「特急あそ」2番ホーム、「A列車で行こう」6番ホーム。下り方向。離れすぎです(涙)

 

上り方向に見るとこんな感じ。2番ホームの柵が見えない分、こちらが)まだましですか。

 

「A列車」の側面に映りこむ、「特急あそ」の赤色。こういうのでも興奮します(笑)

 

3往復頑張った「特急あそ」も2往復の「A列車」もこれが本日の最終運行でした。運転区に戻り、明日の運転に備えます。

 

本日もご覧いただきありがとうございました。

令和2年豪雨で被災されていらっしゃる方にお見舞い申し上げます。

猛暑の中、汗だくになって復旧支援をされていらっしゃるボランティアの方に、心から感謝申し上げます。

まだまだ暑い日が続きますので熱中症、それとコロナに配慮しながら復旧頑張っていきましょう。

頑張ろう!人吉・球磨・芦北・八代   甦れ!!肥薩線・くま川鉄道

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

令和2年水害で球磨川水系が氾濫し、熊本県南に多大なる被害を与えてから1か月が経ちました。

地元住民、そしてボランティアの方の汗まみれ、泥まみれの復旧作業で片づけは進んでいるものの、梅雨明けの猛暑に加え、新たなコロナウィルスの拡大で思うように進んでいないところもまだまだ多い状況です。

 

それでもこれが現状です。出来る事、やれることから一つ一つ片付けていくしかありません。人吉で被害を受けた方々も前を向いています。

 

そういった生活の復旧が第一ですが、今後を踏まえて交通、鉄道の復旧にも目を向けていかなくてはなりません。

 

一連の人吉・球磨の鉄道関係の被害は過去のブログでも紹介させて頂きました。

その中で前回、JR九州の青柳社長が肥薩線を鉄道として復旧させるという記者発表を行い、当ブログで赤字路線でも鉄道で復旧させるJR九州に感謝する旨書かせて頂きましたが、同様に思って頂いている方が多く、早い肥薩線の復旧を誰もが期待しているというのが嬉しくなりました。

 

そのような中、次の情報としてくま川鉄道の復旧費の97.5%を国が支援する制度の活用に向けて協議入りしたというニュースが入りました。

赤字路線の第3セクター、復旧をどう進めるのか、資金をどうするのか、地元の足をこのまま無くすのか、地元関係者ならずとも、全国の鉄道ファンが注目していました。そこでこの発表です。まだ協議に入った段階なのでどう転ぶか分かりませんが、肥薩線復旧の話に次いで明るい話題です。

 

そのくま川鉄道の支援として、以前直接くま鉄に寄付するのと復興切符購入での支援があるお話をしましたが、その復興切符が届きました。

台紙に各駅の硬券が入ってます。

 

硬券を台紙にはめれば出来上がり。おかどめ幸福駅のスペシャル切符付き

 

硬券、懐かしいなぁ

昭和生まれの小生は昔は切符はすべてこのようなものでした。改札で駅員さんがハサミをカチカチいわせながら切符にハサミを入れる、これって当たり前、でしたよね。

 

今やふにゃふやの紙切れ(失礼!)が切符なんですよね。確かに自動改札はこれでないとダメだし、そういったハイテクがない人吉駅の改札でもスタンプ式だし・・時代の流れですね。

 

ちなみにこの切符は使えないものですが、そういえば、ということで過去にくま鉄さんの切符で

古いやつでボロくなってましたが、平成7年・7月7日、平成11年11月11日の切符。鉄ヲタがやりがちなゾロ目切符を購入してました(笑)

 

ちなみに復興支援のこのセットにはこれも同封されてました。

四橋(球磨川第四橋梁)を走る田園シンフォニーの絵葉書

 

四橋を走る鉄道写真は懐かしシリーズでも国鉄蒸気機関車ハチロク時代からの写真をご覧いただきましたが、流出した四橋は肥薩線の一橋、二橋と並んで被害の大きさを物語るものになりました。トラス橋ではないものの、球磨川と川辺川合流点を走る列車は絵になりました。

 

ということで、球磨・人吉への支援、何でもいいです。出来る事だけでもいいのでよろしくお願いします。

 

最後はONE PEACEラッピング列車を従えた球磨川第四橋梁田園シンフォニーの画像で締めます。ホントいい風景だなぁ

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

 

令和2年豪雨で尊い命を落とされた方に心からご冥福を申し上げます。また被災された方にお見舞い申し上げます。

この災害にボランティアで汗を流されていらっしやる方に心から感謝申しあげます。

 

頑張ろう!人吉・球磨!!負けんばい 人吉・球磨!!!

人吉鉄映会です。

 

ようやく九州南部地方も梅雨明けし、熊本県地方も昨日は暑い1日で九州北部地方も本日か明日にも梅雨明けのようです。梅雨明け後の人吉市は真夏日の予報も出ています。今後は暑さ、熱中症と向き合いながらの復旧作業となります。それに加え全国的に増加中のコロナや乾燥した泥が粉塵にもなっています。自分の体もケアしながらの復旧の日々が続きそうです。

まだまだ片付けが必要な場所も多い 人吉市

 

そんな中、7月28日にJR九州の青柳社長の会見があり、肥薩線の復旧についての発言がありました。

被災後初のトップの発言ということで注目されましたが、会見の要旨とすれば「八代-吉松間の復旧は1年以上かかるが、鉄道での再開を前提に復旧方法の検討や復旧費の算出を進める」というものでした。

この発言は、最悪このタイミングで肥薩線廃線かという懸念もあった中で、JR九州が鉄道路線として復旧させようとしてるという意思があるという重要で、かつ我々地元の人間からすれば嬉しい発言ではありました。メディアによっては「1年以上」に注目したところもありましたが、何といっても「鉄道での再開を前提に」が重要です。

 

肥薩線は先日JR九州の発表で、山線・川線とも赤字路線であり、所ジョージさんの番組の秘境駅コーナーでは瀬戸石駅や、矢岳駅が登場するなど、生活のための鉄道の面影はなくなっています。

一般企業なら採算が取れない部門、部署、工場などは廃止・閉鎖するのが企業を維持させる当然の行動ですが、赤字路線をそれでも復活させようとするJR九州の心意気に感謝するばかりです。

鉄道運営というのは人が多い都心ならまだしも、北海道や九州では鉄道だけで企業自体を成り立たせるのは難しいと聞いています。現在JR九州の収入の主力は不動産経営となっています。よって過去にJR九州は今後鉄道を持たない鉄道会社になると揶揄されたこともありました。

再開発が進む熊本駅前。大きな商業ビルが建設されている。

近くにはJR九州が運営するマンション、MJRのモデルルームも開設してある。

 

従って、JR九州にとって九州の背骨を通る人気路線の肥薩線を復旧させるのは正に鉄道会社としての面目躍如ではないでしょうか。不動産、商業施設で儲けて利益が出ないといえども鉄道会社として出費して残すと。私は勝手にそう解釈した次第であります。今後の動向にも注目したいところです。これからも列車乗車も含め、微力ながらJRの利益に貢献できるようにしたいものです。

 

さらに昨日新たな情報もありました。

肥薩線の不通により行き場を無くした「いさぶろう・しんぺい号」と「やませみ・かわせみ」が肥薩線の応援企画として、2両づつ連結し4両編成として臨時列車を運転すると発表しました。

左 やませみかわせみ 右 いさぶろうしんぺい 

2020年4月 人吉駅

 

運転日
 8月8日(土)~11月の土休日
運転区間
 鹿児島本線の博多~門司港間
運転時刻
・特急「かわせみ やませみ・しんぺい92号」   博多10時40分発→門司港12時14分着
・特急「かわせみ やませみ・いさぶろう91号」  門司港15時21分発→博多17時12分着(8月28日は時刻変更)

 列車は4両編成で全車指定席

 車内では人吉・球磨地区の商品や「かわせみ やませみ」「いさぶろう・しんぺい」のグッズなどを販売するほか、応援イベントも計画。

んな感じですか。

コロナ運休で熊本操車場で連結して停車している「いさしん」と「やまかわ」

2020年5月

 

ちゃんと下りをいさぶろう、上りをしんぺい号にしているのはいいですね。うれしい話題ですが、何で博多-門司港なんでしょう。せめて門司港(博多)-熊本、八代にしてほしかったです。今はまだコロナもあるので気軽に熊本から福岡に行けるものでないし。

それか豊肥線に新設された「あそ」、又は「九州横特急断」(いずれもキハ185)の1編成に充てるとか。熊本運転区所属車両を持っていかれるのはちょっと残念ですね。(福岡の方には申し訳ありませんが)

 

いずれにせよ、鉄道に関しては何かしら方向性が示されたのはいいことです。肥薩線においては「未定、検討」と回答するのかと思いきや、前向きな発言でした。もちろんこれが決定事項になるかは分からないことですが、肥薩線を走る列車をまた見たいですね。期待しましょう。

 

くま川鉄道に関しては以前お知らせしたように寄付と支援切符発売があってます。詳細はくま川鉄道HPを確認頂き、ご賛同いただける方はよろしくお願いします。

 

水害で被災された方にお見舞い申し上げます。

ボランティアで復興に汗を流されていらっしゃる方に感謝申し上げます。

 

頑張ろう!人吉・球磨!!肥薩線!!!くま川鉄道!!!!

 

 

人吉鉄映会です。

 

球磨川氾濫による人吉・球磨水害被害から3週間経ちました。

 

国道219号線の崩落による通行止めや水害後の更なる大雨、コロナによる県内の方のみのボランティア募集が足かせになって、場所によっては遅々として復旧は進んでは行かない状況です。人吉方面は高速道路利用で向かえますが、球磨村は国道が通らないと行けない(行き辛い)地点です。

 

それでも地元の方、何よりボランティアの方が汗水流して一生懸命復旧に向かって努力されています。一歩ずつでも進んでいきましょう。

 

前回、前々回と肥薩線、くま川鉄道の目を覆いたくなる被害状況をお知らせしました。

今回は水害から3週間経った人吉市の状況と機能を無くした人吉駅や関連の状況を報告したいと思います。

 

まずは人吉市内の状況

前回報告した時より中心市街地はだいぶん片付けも進んでいます。道端に災害ごみが残っているような状況ですが、本日もボランティアの方が回収されていました。ありがとうございます。それでもそういった方がいらっしゃるだけで街自体は当然賑わっていません。

ただ中心地を少し外れると、まだ瓦礫や泥にまみれたところが多く見られます。

 

 

次に文化財の被害も見ていきましょう

 

国宝 青井阿蘇神社のはす池と禊橋

綺麗なはす池に泥が入り込み、禊橋の欄干は崩壊しました。

 

下の写真は水害前のはす池と禊橋です。6月28日(水害の6日前)この日はいい天気でした。このような美しい景色が参拝者を迎えていました。

はす池に沈んでいた流されてきた車両は撤去されました。はす池はもともとの池の泥でなく、流れ込んできた汚泥なんでしょうか、残念ながら不快な匂いを発していました。ただ埋もれたなかから緑の葉が上へ上へと延びているのもありました。泥の中で育つはすはこれで再生するのでしょうか。

本殿も氏子の方、近所の方、地元の学生、ボランティアのおかげでだいぶん片付けが進んでいました。

 

 

こちらも全国的に報道された昭和6年創業 新温泉さん

 

氾濫した球磨川水系山田川のほとりにあり完全に水没しました。私も過去数回訪れたことがあります。確かこういった温泉に付き物の頭痛薬「ケロリン」の黄色い洗面器もあったような。温泉の町人吉にはこういった庶民的な温泉もいっぱいありました。

 

もっと状況を報告したいのですが、鉄ブロということで鉄道の話にいきます。

人吉駅の状況は先日報告した状況と変わっていません。取り残されたJRのキハ40とキハ220、それとくま鉄KT-500系(田園シンフォニー)がいます。ただ詳細が少しわかってきました。

 

JRキハ40は自力走行可能(エンジンがかかった)ということですが、キハ220はエンジン水没して走行不能。牽引での移送もできないため陸送で修理するためのところに運搬するそうです。これもニュースになりそうですね。ただキハ40もせめて下り方向にでも進めないと同じ状況です。

 

くま鉄田園シンフォニーの方は奇跡的に5台中写真右奥のクリーム色KT-503がエンジンがかかり走行可能なようです。これを牽引車としてくま川鉄道車庫に他車両を移送し、エンジン載せ替えを計画しているそうです。これは明るい話題です。

 

だた、前回訪問した時気付かなかったですが、駅構内でも土砂崩れが出ていました。

橋梁流失や地盤流出に比べれば問題ない被害ですが、要はあちらこちらこのような被害が出ているということです。

 

繰り返しますが、人吉駅には3種の車両が停車してます。通常運行中ならいい眺めですが、運行できない車両が駐機しているだけの悲しい状況です。

 

気になるのが肥薩線を走っていた観光列車の行方です。

 

SL人吉は熊本運転所で待機中です。もちろん肥薩線川線を走ることはできません。

8月8日に豊肥線が全線開通という話は皆さんご存じですよね、このSL人吉、もとはと言えばあそBOYでしたよね。ということは・・・・・・。

うーん、あと3年で100歳の58654号、人吉でお祝いしたかったな。。。。大丈夫でしょう、多分。。。。

 

やませみ・かわせみ これは今熊本操車場で駐機中。コロナで運休中にいさぶろう・しんぺいのキハ47 2両と待機していたのを過去に紹介しましたが、またですかという感じです。

熊本操車場にてやませみ・かわせみ

 

いさぶろう・しんぺい号は真幸駅で駐機中。

川線は大きな被害を受けましたが、山線(人吉-吉松)は人吉-大畑間の築堤崩落の被害しか報告されていません。あとは第三橋梁に積もった漂流物です。本当にその程度ならここは復旧が早いように思えます。せめて人吉-吉松間でも運行してもらえたら・・・(吉松-隼人間は運行中)

 

下の写真の地点は人吉から下り方向(くま鉄 相良藩願成寺駅、肥薩線 大畑方向)の山田川橋梁が肥薩線・くま川鉄道で共有の線路を使うため、唯一単線になっているところです。この先でまたくま鉄と肥薩線に分岐するポイントなのですが、草が茂って先の線路が見えない状況にまでなっていました。廃線遺産みたいな有様です。

 

 

豪雨の影響でしょうか、遮断機が壊れているようで竿が取り外してある踏切もありました。鉄道が走っていない踏切ならではの光景です。天神第一踏切。

まずは一歩一歩復旧をしていくだけですね。ただ熊本地方も7/26に21人のコロナ感染が発生し、ここにも十分配慮しないといけないですね。

今後進捗状況を報告していければと思います。

 

今回もご覧いただきありがとうございます。みなさまお体ご自愛ください。

 

被災者の方にお見舞い申し上げます。

復旧ボランティアの方に感謝申し上げます。

 

 

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

令和2年豪雨災害で尊い命を落とされた方に心からご冥福を祈ります。また被災された方にお見舞い申し上げますと共に、ボランティアで復旧のお手伝いをされていらっしゃる方に心から感謝申し上げます。

 

この度の豪雨は特に九州地方にとっては過去にでもなかったような大災害になってしまいました。

(青井阿蘇神社の資料や球磨川の災害対応タイムラインを作成された大学教授の話からは球磨川系過去最悪の災害だと推定されています)

地元の方はもとより、多くのボランティアの方が汗を流され懸命な復旧活動を行われていますが、被災流域が広大だったことと、2m以上の浸水の箇所が多かったこともあり、まだまだ先が見えていない復旧状況であります。

 

被害を受けたのは住宅、観光施設はもちろんのこと、鉄道にも大きな被害を与えたことは皆さんも周知のことでしょう。

 

肥薩線の被害はJR九州の最新の発表で450か所であることが判明しました。

特に甚大な被害だったのは明治時代の遺産であり、絶好の撮影ポイントであった球磨川第一橋梁、第二橋梁の流出ではないでしょうか

(以降被害状況写真は道路状況など個人の取材が困難なため、JR九州の被害発表の写真を使用しています)

流出した第一橋梁 JR九州発表資料より

 

同第2橋梁 JR九州発表資料より

 

7月4日の昼頃、正に人吉・球磨が水没していく最中、関係者から「どうも肥薩線の橋梁が流されたらしい」という一報が入りました。まさかとは思いつつも、しかし4日はそれどころの状況でもなく、「流されたのは鉄道橋でなく国道橋ではないか」などの情報も錯綜し、魔の1日が過ぎました。

その翌日、報道のヘリからの映像で変わり果てたふるさと、多くの命が失われ孤立した「千寿園」、それと濁流に横たわった赤い鉄骨の映像がこの大災害の凄まじさを映し出し、涙が止まりませんでした。

 

球磨川第一橋梁を走るC57 1972年5月6日

 

球磨川第二橋梁 2009年4月16日 SL人吉

 

球磨川第二橋梁 1964年9月6日

 

明治時代の遺産の橋梁ということはそれ以来作り替えていないということです。つまり構築されてからの水害、熊本地震、なにより先の大戦にも影響を受けず、人吉・球磨と熊本・八代方面との人・物資を繋ぐ鉄路であり、車社会となった今ではSL人吉ややませみかわせみなどの観光客の足で、撮り鉄ファンにとっては「聖地」とも言われるポイントでもありました。

 

それ以外のところでも大きな被害が出ています。どんなに素晴らしいところだったか、在りし日の懐かしい写真もご合わせてご覧いただきます。

 

段-坂本間 路盤流出

段-坂本 JR九州発表資料より

 

 

段-坂本を走るハチロク 1960年5月19日

 

葉木-鎌瀬 路盤流出

葉木-鎌瀬 JR九州発表資料より

 

 

葉木-鎌瀬 2020年3月 SL人吉

 

瀬戸石駅消滅

駅舎が流出し消滅した瀬戸石駅 JR九州発表

 

在りし日の瀬戸石駅 2000年2月6日

瀬戸石駅は昭和40年7月の水害でも駅舎が流出。翌年に鉄筋で再建されるも昭和57年の水害で再度倒壊するなど、駅舎は過去にも水害で被害をうけましたが、今回は駅舎・ホームとも跡形もなく流されていました。

 

 

球泉洞-一勝地 土砂崩落

線路に土砂が被さった線路 球泉洞-一勝地 JR九州発表資料より

 

球泉洞(当時は大坂間)-一勝地間を走るC57132 

1966年4月16日

 

山と球磨川に挟まれた球泉洞(当時は大坂間)-一勝地間をSLが走る

1969年10月27日

球泉洞は国道219号線沿いにある球磨村の鍾乳洞です。洞内には土砂流入はなかったようですが、そこに繋がる通路に大量の木などが流れ込み、この観光施設も大きな被害を受けています。

 

渡地区小川橋周辺 築堤崩壊

築堤が崩壊した小川橋周辺 JR九州資料より

 

 

矢岳駅静態保存から観光用に再登板した58654号単機試運転

小川橋 1988年7月27日

 

渡駅 路盤流出

路盤流出した渡駅 JR九州資料より

 

 

渡駅を出る58654(あそボーイ)1997年5月10日

 

渡駅に向かうサウンドエクスプレスひのくに

 

渡駅は国道219線沿いに駅舎や西人吉間の線路が面しているため、ここもSL人吉の撮影ポイントでした。渡駅で停車していたSLが蒸気・煙MAXで発進する姿を撮ろうと多くのファンが詰めかけていました。

 

実はこの地域の浸水被害がひどく、多くの方がお亡くなりになった「千寿園」取材の各局のTVクルーもこの付近で足止めされされていました。

 

肥薩線は球磨川沿いの「川線」と矢岳越えの「山線」と全く違う風景を見せてくれました。特に川線はSL人吉の運行路線ということもあり、全国的にも人気の路線でした。その路線も球磨川の氾濫によりほとんどの鉄路・橋梁・駅舎が壊滅的な被害を受け、本当にここにまた鉄路が出来るのか自体、私自身も信じきれない状況です。

いまはまず地域の復興優先になりますが、それと同時に鉄道の動向も注視していきたいと思いますし、何か皆さんに発信すべきことはお伝えしていこうと思います。

 

次回はこちらも大きな被害を受けたくま川鉄道に関してお送りしたいと思います。

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

 

コロナもまた全国的に拡大傾向です。皆様お体ご自愛下さい

 

頑張ろう!人吉球磨!! 甦れ肥薩線!!!

 

 

人吉鉄映会です。

 

令和2年豪雨災害で尊い命を落とされた方に心からご冥福をお祈りします。

また被害に逢われた方にお見舞い申し上げます。

 

あの豪雨から本日で1週間となります。人吉・球磨の宝である球磨川が牙を剥き、大変な被害を引き起こしました。50年、100年に一度の災害と言われています。確かに前回のブログで大きな球磨川の氾濫は昭和40年7月以来ということをお伝えしましたが、そうなると50年に1回となります。ところが最近の報道で青井阿蘇神社の神殿が水没した記録は1,200年の歴史で1回も書かれていないそうで、そうすればこれほどの水害は正に1,000年に1回の大災害ということになるのでしょう。

 

まずは被災者への対応と町の復旧ですが、今回の大規模水害が起きたメカニズムの解明と今後の対策も進めてもらいたいものです。

 

それと並行して重大な懸案が鉄道の壊滅です。ご存じのように肥薩線・くま川鉄道とも鉄橋を始めとして線路に大きな被害を受け、復旧の見込みも立っていない状況です。それどころか明治時代の大事な遺産まで失うという計り知れない損失になってしまいました。

 

今回はそういった人吉の現状を見て頂きます。

 

道の泥はかなり撤去され車などの通行が出来るところも増えました。しかしその傍らはまだ5cm以上のぬかるんだ泥や災害ごみが目立ちます。水害というより泥害といった感じです。街としてはまだ機能していません。

本日は大阪府警の方がいらっしゃいました。後述の鉄橋のところには三重県警の方もいらっしゃって、全国からの色々な支援、ありがたいことです。

 

ここからは鉄道の話です。7/4から肥薩線・くま川鉄道も運休、というか運行不能状態です。

列車が走らず錆びてきた鉄路。左肥薩線、右くま川鉄道 @鬼木第2踏切

 

洪水後も大雨を繰り返し、線路の錆び進む。肥薩線 @鬼木第3踏切

 

球磨川に架かる橋梁で唯一流出を免れた球磨川第三橋梁(肥薩線 人吉-大畑)

しかし、瓦礫が線路を埋め尽くしている。

 

人吉駅の入り口には貼り紙が貼ってあり、ホームどころか中にも入れない状態です。

 

駐車場も閉鎖中です。

 

全国ニュースにもなった、浸水してしまったくま川鉄道KT-500

 

JRの列車は被災時いなかったと勝手に思ってましたが、キハ220とキハ40が取り残されていました。今となっては上りにも下りにも行けない状況です。

 

乗る人がいないタクシーが並ぶ閑散とした人吉駅

コロナの規制解除後、こんな試練があるとは思ってもいませんでした。しかし、熊本地震、東日本大震災、阪神大震災後も人々の努力で乗り越えてきました。今回もきっとそうなるように願って止みません。

 

今回もご覧いただきありがとうございました。