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人吉鉄映会

熊本県人吉市・球磨郡を走る肥薩線・湯前線・くま川鉄道の今と昔を発信していきます。

人吉鉄映会です。今年もよろしくお願いします。

 

人吉球磨地区の蒸気機関車時代などの懐かしい鉄道写真や、SL人吉、いさぶろう・しんぺい号などの今の鉄道写真を紹介することによって、肥薩線、くま川鉄道の良さをもっと知ってもらいたいという思いで、昨年当ブログを立ち上げました。

 

ところが5月以降、新型コロナの影響で鉄道が運休を余儀なくされた上に、7月の豪雨被害で鉄路自体を失ってしまうという最悪の状況に見舞われてしまいました。

 

それでも当初の目的の懐かしい鉄道写真をご紹介するとともに被害状況や復旧状況をお伝えしていく事で、全く微力であるとはいえ、復旧への機運につながればいいと思って続けてきました。今後もこういったスタンスのブログをご紹介することになると思います。引き続きよろしくお願いします。

 

ということで2021年最初のブログですが、今から遡ること50年以上前の昭和40年7月にも水害が発生し肥薩線・くま川鉄道(当時は湯前線)が被災しています。その際の復旧状況をご紹介します。

 

昭和40年7月3日の豪雨によって球磨川堤防が決壊、昨年の水害とほぼ同範囲で人吉市内が浸水しました。その際も球磨川本流に加え、山田川・胸川といった支流の氾濫も報告されています。30分ほどで一気に水位が1mほど上がったということです。これを機会に堤防のかさ上げなどの洪水対策が行われてきました。

 

それが功を奏したのか、それ以降は街中が水没するような水害は発生していませんでした。誰しもが「昭和40年7月水害」が人吉球磨地域にとって過去から今後も「最悪の水害」として伝えられていく事になるだろうと思っていたはずです。

それが令和2年の水害はそれを上回ってしまう水害になってしまいました。

 

青井阿蘇神社の蓮池前の駐車場付近にある電柱の写真です。この電柱に昭和40年水害の水位表示があります。これで高さ2m付近。(その後に昭和46年にも水害は発生してますが、水位は1mでした)。ここまででもかなり水没する水位ですが、令和2年7月水害はこれをゆうに超える4m近い水が押し寄せてきました。

 

令和2年水害の川村駅周辺の被害状況は昨年9月にブログに挙げています

 

 

 
1965年7月6日、水害から3日後の川村駅。駅前の線路が流出しています。
 
一面水浸しの駅前。流された距離標がもの悲しい
 
水たまりになった場所で遊ぶ子供たち、画面右端には流された線路が見えます。
 
球磨川第4橋梁に向かう線路。バラストは流出してないものも線路が押し流されています。
 
以下は水害後1週間後の7月10日の復旧中の状況です。(川村駅付近)
8620型(車番は不明)が復旧部材を積んだ多くの無蓋車を引いてきました。後方には車掌車ヨ4245(ヨ3500型)が付いています。
 
 
 
 
 
こうした関係者の努力により無事7月12日には運転再開されています。
 
湯前線上り普通列車。川村駅島到着手前。流された距離標がまだそのままであり、線路周辺はまだ水害後の荒れた状況が見られます。いかにまず早く列車を通そうとしたかが伺われます。車窓からは多くの人の顔が見受けられます。被害状況を見ようとしているのもあると思いますが、湯前線が地域の人々の足であることが伺えられます。
 
同上列車。川村駅到着。流されたところは新しいバラストが敷かれ真新しい線路になっています。
こんなに早く復旧できた理由としては何より第4橋梁が流されていなかったことです。これは次回に見ていただく肥薩線川線も同じことです。第1・第2橋梁とも無事でした。鉄橋が流出なんて考えもつかないことです。これが今後の復旧の足かせになることは容易に考えられます。
 
次に当時は「国鉄」湯前線だったということです。現状のくま鉄は3セクで単体で復旧資金を調達するのは容易ではありません。ただ国の支援があるのでそれを活用すれば高額な金額の調達をする必要もなくなるので期待したいところです。
 
ただ「地域の足」であるということは今も昔も変わりません。道路状況や車の所有率は上りはしましたが、少なくとも地域の学生にとってはこれは復旧させるべき大きな理由です。輸送力や運行状況を考えるとバスではだめです。絶対だめです。大量に安定した定期運行ができる「鉄道」でないとだめです。
 
くま川鉄道の復旧方針では、以前お伝えしたように被災しなかった「肥後西村(ひごにしのむら)」と終点「湯前」をまず運行させる方向性が決まりました。あとは仮検修庫の設置場所の検討(多分あさぎり駅と思いますが)と動ける気動車の確保でしょう。
 
東日本大震災の復興の象徴として三陸鉄道の再開を挙げる方も多いと思います。それほど鉄道というのは重要なインフラです。
一足先に肥薩おれんじ鉄道は再開しましたが、肥薩線、くま川鉄道再開で人吉・球磨Rebornを象徴できるようなイベントにってほしいものです。
 
次回は昭和40年水害被害の肥薩線川線(鎌瀬周辺)をお送りいたします。
 

今回もご覧いただきありがとうございました。

令和2年豪雨で被災された方にお見舞い申し上げます。

皆さんお体ご自愛ください。

 

頑張ろう!   人吉・球磨・芦北・八代 

祈 復旧!!  肥薩線・くま川鉄道

 
 
 

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

先日の新潟の大雪は大変な事態になってました。ニュースで流れる高速道路で足止めされた車両の映像に一刻も早い救出を願ったものでした。

 

あのような大雪は阿蘇地方や小国地方などの山沿いを除いて縁がない当地熊本では想像もつかないことです。せめて舞う程度なら「雪化粧」ということで風情もありますが・・・

 

ということで今回の懐かしシリーズは雪の中の肥薩線の風景です。

 

D51 890[人] 肥薩線上り150レ(小林-人吉)   大畑-人吉間 昭和40年1月

 

 

先頭 D51 890[人] 補機D51 170[人] 

肥薩線下り861レ(人吉-吉松) 

人吉-大畑 昭和40年1月     連続2枚

 

 

 
 

先頭 D51 890[人] 補機D51 170[人] 

肥薩線下り861レ(人吉-吉松) 

大畑ループ線(大畑-矢岳) 昭和40年1月     連続5枚

 

 

 

 

 

 

第1えびの 肥薩線下り2105Dレ 

大畑-矢岳 大野千人築堤 勾配30.3‰ 

昭和40年1月 連続4枚(最後は大野第1トンネル)

 

 

 

 

D51700 肥薩線下り863レ(人吉-吉松) 

大野第1トンネル出口

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

令和2年豪雨で被災された方にお見舞い申し上げます。

皆さんお体ご自愛ください。

 

頑張ろう!   人吉・球磨・芦北・八代 

祈 復旧!!  肥薩線・くま川鉄道

 

 

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

遅ればせながら先週ようやく「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」を見に行きました。

早く見たいとは思っていましたが、ご存じのように大人気なので少し観客が落ち着いた頃にゆっくり見ようと思い、我慢に我慢で今の時期になりました。何度も見られる方がいらっしゃるのが十分理解できる内容で、私が大好きな炎柱の壮絶な最期に心を打たれた次第です。

 

で、この映画、というかTV版もそうですが、アニメーション制作のufotableさんのハイクオリティなアニメーションは素晴らしいの一言につきますね。これが鬼滅ブームの一端を担っているのは過言ではないと思いますが、映画を見ていてどうしても一番気にしてしまうのが無限列車の走行シーン。炭治郎たちが乗り込む映画の冒頭から、下弦の壱の鬼に車両全体を乗っ取られるまで随所に出てきますが、機関車の動輪やら主連棒やらクランクやら動きがよく表現されているなぁと思った次第です。この列車の制作エピソードはパンプレットにもスタッフの座談会という形で載っていて興味深く読ませて頂きました。

 

と、前置きが長くなりましたが今回の懐かしは肥薩線のいわゆる川線(八代-人吉)の模様です。この球磨川沿いの路線は線路・鉄橋も流されましたが、熊本県が川辺川ダムを中心とした治水対策を表明したのにも関わらず、いまだJR九州は復旧の方針を示していません。さて、どうすれば青柳社長が首を縦に振ってくれるのでしょう。では

 

くまがわ(人吉-門司港) 那良口-渡 球磨川第二橋梁

1960年(昭和35年)3月

 

 

下り「くまがわ」と上り「えびの」交換 段駅

昭和35年4月

 

78652[人] 臨時列車3812レ(人吉-坂本) 那良口付近

昭和35年3月

 

肥薩線上り 818レ(人吉-八代) キハ25+キハ1622 

一勝地-大坂間(現球泉洞) 昭和35年4月

 

78685[人] 肥薩線下り121レ(鳥栖-人吉)

渡-西人吉 昭和38年12月

 

68641[人]肥薩線上り812レ(人吉-八代) 球磨川第2橋梁

昭和39年12月

 

 

68641[人]肥薩線上り812レ(人吉-八代) 球磨川第2橋梁

昭和39年12月

 

くまがわ 肥薩線上り 810Dレ 舟戸踏切

昭和39年12月

以前渡駅周辺、球磨川第2橋梁の水害被害をお伝えしたブログの中で紹介した、踏切の制御箱まで流されていた舟戸踏切の「在りし日」の写真です。(この頃は警報器なし)

 

 

68624[人]肥薩線下り 大坂間(現 球泉洞)-一勝地

昭和39年

 

68643[人] 肥薩線下り863レ 球磨川下りと 白石-大坂間

 

この頃の川線のSLはハチロクでC型テンダー車の登場は少し先になります。それはまた後日

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

令和2年豪雨で被災された方にお見舞い申し上げます。

新型コロナの感染も巨大な第3波が襲来しています。

皆さんお体ご自愛ください。

 

頑張ろう!   人吉・球磨・芦北・八代 

祈 復旧!!  肥薩線・くま川鉄道

 

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

SL鬼滅の刃は大好評のうちに5回の走行を無事終了しました。鬼滅コラボ(無限列車)、久方ぶりの熊本上り鹿児島本線の蒸気機関車の営業運転というプレミア感が加わり、通過駅も含め沿線周辺にびっしりとギャラリーが押し寄せ社会現象になりました。

 

私は仕事の関係で5回中3回しか会いに行けませんでしたが、久しぶりの58654号との再会(顔は変わってましたが(笑))に感極まった次第ではあります。

 

大仕事を終えたSLの客車は熊本駅の車両区に戻っており、平日で運行していない「あそぼーい!」、「いさしん・やませみかわせみ」の肥薩線支援車両、「A列車でいこう」らの熊クマ観光列車車両たちとひと休み中でありました。

高架下からの撮影ですので見づらいのはご了承ください

話題になった博多←熊本の専用サボも外されていました。

 

肝心のSLはクラにいるのか姿はありませんでしたが、客車は来年1月9・10日にスターフライヤーとのコラボ企画でデーテン牽引でまた新たな活躍をみせるようです。次の58654号の活躍の場も気になりますが、今度は熊本県南(・・・といっても八代までですが)の走行を期待したいところです。

ところで、「無限」NPやサボはどうするんでしょう。せめて熊本駅にでも飾ってくれないでしょうかね。

 

今回は前回に続き昭和39年の肥薩線山線の風景です。特にテーマは決めず、ランダムにご紹介します。

 

肥薩線上り860レ(吉松-人吉 先頭D51 1058)と

下り863レ(人吉-吉松)交換  矢岳駅 

 

肥薩線下り 2105Dレ 第1えびの 先頭 キハ58 161  

大畑-矢岳 八代起点67.9km地点

 

D51 545[人] 肥薩線下り 863レ(人吉-吉松) 

大畑-矢岳 八代起点69.6km地点

 

D51 572[人] 肥薩線上り 814レ(吉松-八代) 

矢岳-大畑 大野第3トンネル

 

D51 肥薩線下り 873レ(人吉-吉松) 
人吉-大畑 水無第2トンネル出口後

 

D51 687[人] 肥薩線下り 863レ(人吉-吉松) 

矢岳駅出発直後

 

D51 545[人] 肥薩線下り 873レ(人吉-吉松)

大畑-矢岳

客車1両のみの珍しい編成

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

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新型コロナの感染も巨大な第3波が襲来しています。

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祈 復旧!!  肥薩線・くま川鉄道

 

人吉鉄映会です。

 

コロナ第3波が非常に気になるところですが、人吉球磨関連情報として、11/19に熊本県の樺島知事が球磨川の治水対策として「流水型(穴あき)ダムとしての川辺川ダム容認」を表明しました。

 

治水方法に関してはダム建設や川床掘削など色々な意見が出されていましたが、最終的には川辺川の流れを妨げず、洪水時の危険性がある場合のみ貯水する流水型川辺川ダムの建設方針に踏み切ったようです。

しかしながらこのタイプのダムは設置されているところもありますが洪水の恐れのケースがまだ発生しておらず、効果については疑問視する専門家もいらっしゃるようです。

 

これでJR九州が肥薩線復旧の条件のひとつとしていた「球磨川流流域の治水対策」が出たわけですが、さてJRがどう反応するのか、注視したいところです。

 

さて34回目の懐かしシリーズは昭和39年の肥薩線山線での車両風景をお送りします。

肥薩線下り863レ(人吉-吉松) 大畑ループ

大畑-矢岳 八代起点64.0km地点

 昭和39年6月

正に「This Is 肥薩線」といった風景ですが、やっぱりいいですよね。

 

で、この貨物列車の編成ですが

同上列車 64.2km地点

先頭D51 890[人]・次68643[人](回送)

 

人吉機関区所属の68643は1966年(昭和41年)2月1日にそのまま人吉区で一休さんになった後、同5月に廃車になっているため、転籍移送ではありません。どこへ回送されているかの資料はなかったのですが、D51と8620の重連は貴重ですよね。しかもこのアングルからの撮影では煙が集煙装置から出ている様がよくわかりますね。

 

次は後方です。

 

同上 後方 64.3km地点

D51 700[人]

D51 700が最後に付いてますが、逆向きですね。こういった補機の連結の仕方は過去の写真からもたまに見られます。そもそもトンネルが多い肥薩線は機関士を煙から守るためにD51運用前の4110型・E10型時代はタンク側を頭にして(いわゆるバック運転)運行していたのはオールドファンの方ならご存じかと思います。

 

・・なので、一番上の写真はよく見かけている風景ではあるものの、機関車の編成はちょっとレア感があるやつでしたね。もうちょっと詳細な資料があればよかったのですが。

 

ついでに集煙装置が出てきたところで、これを

 

肥薩線下り D51 545のキャブから写した写真です。矢岳第1トンネル入り口。人吉側の扁額の「天険若夷」の一部が見えます。集煙装置の蓋が閉まる手前。手前の四角い箱は重油タンクです。重装備D51のレアアングル写真です。

 

最後は真幸駅での上りの610Dレ「第1えびの」です。

吉松側から上ってきてホームに入り、スイッチバック転向線から矢岳に向かうえびの号です。ちなみにホームに大きな石や鐘はまだありません(笑)

 

 

 

 

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

令和2年豪雨で被災された方にお見舞い申し上げます。

新型コロナの感染も巨大な第3波が襲来しています。

皆さんお体ご自愛ください。

 

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祈 復旧!!  肥薩線・くま川鉄道

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

11月15日は「SL鬼滅の刃」の3回目の走行日でした。小生にとっては2回目の撮影になります。

 

過去2回の走行は地元のみならず全国ニュースにもなり、熊本駅に700人、博多駅に1,500人と、密なんぞお構いなしのお祭り騒ぎとなり大いに盛り上がっていました。今回はこのSL以外にも巧みなフットワークを駆使して(笑)「撮り鉄三昧」してきましたので、合わせてご紹介します。

 

「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」の勢いは止まるところを知らず、興行収入はあっという間に200億円を突破し、300億円も夢ではない数字になってきました。日本国内「鬼滅」一色、といっても過言ではないでしょう。ちっちゃいお子さんが病院でインフルエンザの注射の際に先生が「全集中」と言うと、お子さんは呼吸を整えて注射針を泣かずに受け入れるそうです。まるで血まみれになって鬼と戦う炭治郎や善逸、伊之助と自分の姿を重ねているのでしょう。健気であるとともに注射の風景を変えてしまう鬼滅、恐るべし。

 

ここまでブームになると黙っていないのが熊本県警。過去にも流行フレーズをもじった安全運転啓蒙電光掲示板のコメントで話題になっていますが、現在はこれです。

 

ナイスですねぇ。気にしすぎるとかえって事故になっちゃいますが、熊本県内の国道を走る際には「全集中」で確認してみてください。

 

ようやく本題です。今日もスタートは熊本駅から。

 

まだ1時間前ですので、さすがに人もまばら。前回は西里駅での撮影でしたが、今回は高架から降りてくるところを撮ろうかと、熊本駅の2つ先の「崇城大学前駅」付近にポイントを決め鳥栖行きの普通列車を待ってました。すると東京から遠路はるばるSLを撮影しに来られたという人生の先輩の鉄道ファンの方に「撮影ポイントのいい場所はないかな」、と声をかけられ、いつもとSL運行時はギャラリーの数が違いすぎるから何とも・・など撮影談義に花をさかせたまま一緒に列車に乗り込み「崇城大学前駅」で下車。小生は駅のそばの北島踏切に陣取り、先輩氏はすこし小高い所に。

 

8:50 時間通り高架を下って「SL鬼滅の刃号」が姿を現しました。

 

 

 

 

SL鬼滅の刃 

鹿児島本線上り 崇城大学駅そば 北島踏切にて

 

11/1に西里で撮影した際「あれ?」と思ったのですが、ほとんど煙吐いてませんね。今回もそうでした。思った通り鹿児島本線上り方向では住宅街も多いことから、今回の運転は煙を吐かないようにしているそうです。さすがに停車から動き出すときは吐いてるようですが、平地走行時はほぼ無煙で、補機のデーテンの方が排気ガンガンで押しながら運行しているように見えます。SL人吉としていい煙を吐きながら走っているのを見てきていたので、ちょっと残念ですね。

 

東京から来られた先輩氏もいい写真が撮れた喜んでいらっしゃいました。案内した甲斐がありホッとしました。氏は引き続き後続の上り列車に乗り追いかけて撮影されるということで、線路挟んでホームでお別れをし、小生は熊本行き下り列車に乗り熊本駅に戻ります。

 

9:00過ぎに熊本駅に到着すると待っているのは9:09発豊肥線別府行き「あそぼーい!」です。

 

 

 

特急「あそぼーい!」 熊本駅

 

そして定刻、一路阿蘇・別府方面に多くの観光客を乗せて出発します。

 

 

いってらっしゃーい、楽しんできてね。

エンジョイ Go To ASO

 

一旦熊本駅を離れ、駅前の電車通りへ。次の目的は先日もブログで上げた、熊本市電「チョッパーラッピング」号です。

 

熊本市電No9704 チョッパーラッピング

祗園橋-熊本駅間

 

チョッパー可愛いですね。

このあと春日2号踏切へ移動。目的は後で・・・

ここは豊肥線の踏切ですが、背後に鹿児島本線-三角線があるため熊本駅からの下り列車を見れるので絶好のポイントです。

 

EF81-454 鹿児島本線下り貨物列車

 

 

三角線下り A列車でいこう1号 

 

ここまで熊本市電を含め5種類の列車を撮影。そしてここに来た本命の列車がやってきます。

 

 

 

 

ななつ星in九州 1泊2日コース 熊本行き

豪快なエンジン音を残し、高架を上り熊本駅へむかっていきます。私も再び熊本駅へ。

 

熊本駅に着くとななつ星もいますが、駅だけに他の列車も停車しています。ホームに行く途中、中国語をしゃべる方が大勢移動していました。ななつ星で旅行されてきたのでしょう。Welcome kumamoto 謝謝

 

 

ななつ星in九州 熊本駅

 

ななつ星in九州・キハ40系三角線普通列車と 

 

左)ななつ星後部・中奥)817系電車・右)特急あそキハ185

 

特急あそ3号 

 

12:00ジャストに出発したななつ星を見送っていたら、先ほど春日踏切近くで撮影した「A列車でいこう1号」がすでに戻ってきていて、A列車3号として次のお客様が乗り込んでいました。

A列車でいこう3号 熊本駅

今日の本来の目的はもちろん「SL鬼滅の刃」撮影でしたが、日曜日ということで豊肥線経由の「ななつ星」や「あそぼーい!」といった列車も撮れるタイミングでしたので11月とはいえ気温23℃の快晴の中、少し汗ばみながら忙しく動き回り色々な車両が撮れて満足して帰還いたいました。楽しかったですが、正直疲れました。もう若くはないですから・・・・・(笑)

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

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33回目の懐かしシリーズは1963年の急行えびの号です。

急行「第1えびの」肥薩線下り2105Dレ(博多-西鹿児島・宮崎)

球磨川第3橋梁(旧橋梁)

1963年(昭和38年)12月23日

 

この時期のえびの号は1963年(昭和38年)10月1日のダイヤ改正で博多-吉松区間は基本7両編成となっています。この列車は吉松駅で山野線 出水-宮崎行きの「からくに」を連結して8両編成となります。

準急「からくに」 キハ52 50 山野線下り2405Dレ 

大川ループ(久木野-薩摩布計(さつまふけ))

1963年(昭和38年)7月25日

 

今回は7両編成になった1963年(昭和38年)12月23日の写真ですが、年末の繁忙期ということで9両編成で運行されているようです。

人吉-大畑間 八代起点56.9km地点(だいたい人吉と大畑の中間地点の築堤です)

 

 

中間車両 キハ58 808

 

 

 

第3橋梁を過ぎれば徐々に勾配も大きくなってきますので、エンジン吹かしているのがよく分かりますね。こういった長編成の優等列車が運行していた肥薩線は当時は主要路線のひとつでした。今は観光鉄道路線、というか運休中ですけど。まずは人吉-吉松で何とか運行してもらえるようにしてもらいたいものです。

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

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人吉鉄映会です。

 

今回は熊本市電の話題です。

11/7から熊本市電でONE PEACEのキャラクターのチョッパーのラッピング車両が運行開始しました。

熊本市電No9704 チョッパーラッピング車両 熊本駅-祇園橋間

 

この列車は人気の漫画「One Peace」の原作者の尾田栄一郎先生が熊本市出身ということで、熊本地震以降「熊本復興プロジェクト」の一環で「麦わらの一味」の銅像が熊本県内各地に建てられています。熊本県庁のルフィー像は今や観光名所になってますが、今回は11/7に熊本市動植物園にチョッパー像が設置されたのを記念しての運行です。

 

熊本市電は1両の車両とCOCORO号のように2両編成の車両が運行されています。今回は2輌編成9704号です。

熊本市電No9704 チョッパーになる直前は「パトカーラッピング」でした。

2020年10月20日熊本駅発車直後

 

 

 

チョッパーラッピング(9704A)右側面図柄

 

チョッパーラッピング(9704A)左側面図柄

 

9704B 右側側面 くまモンと麦わらの一味

 

9704B 左側面図柄

 

車両先頭にはCHOPPER の文字が

 

線路沿いにはちっちゃいお子さんがいる親子の姿が見られました。私のように交通局のHPで運行時間を調べて来られたのでしょう。

普段、田崎橋~熊本駅周辺で市電を撮影しているのは私ぐらいですが(笑)、今日はそういった「待ってた」方やたまたまそばを通っていたら「あ、何か来た」で慌ててスマホを取り出し撮影される方で、「無限列車」には到底及ばないものの、いつもは見られない市電撮影が沿線で行われていました。

 

二本木口で1081号とすれ違う

 

 

二本木口駅

 

熊本駅から祗園橋へ向かう

 

本日の撮影は図柄メインでの撮影でしたので次回以降は走行している写真を撮っていこうと思っています。チョッパー市電は3/31までA系統(田崎橋-熊本駅-辛島町-熊本城前-通町筋-水道町-健軍ルート)で運行します。本数も日に6本ほどあるので熊本市内に来られる方は遭遇する可能性は高いと思いますので、是非ご覧ください。

 

早く人吉でも鉄道が走っているところを見たいものです。

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

令和2年豪雨で被災された方にお見舞い申し上げます。

コロナもなかなか収束しない状況です。皆さんお体ご自愛ください。

 

頑張ろう!   人吉・球磨・芦北・八代 

祈 復旧!!  肥薩線・くま川鉄道

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

待ちに待った「SL鬼滅の刃」が運行されました。

SL鬼滅の刃 鹿児島本線 西里駅にて

 

撮影は以前から下見をしていた鹿児島本線の西里駅周辺がいいポイントかなと思い、そこまでJRで行くためにまず熊本駅に到着。駅の電光表示が期待感を煽ります。

 

駅構内に入り、いつもと雰囲気、空気感が違うのを実感。とにかく鉄警の人がやたら多かったですね。もちろん人もうじゃうじゃ。ちびっこ炭次郎も(画像を一部加工しています) まだ入線前です。

 

SL鬼滅の刃号を待つ人であふれる熊本駅

 

鬼滅列車の発車時刻は8:35 さて、何時にホーム入線するのか?

係員が「まもなく列車が到着します。黄色い線よりお下がりください」とのアナウンス。でもまだ来ない。

西里駅へ行くための鹿児島本線上り、長洲・鳥栖行きの普通列車は8:01発。ぎりぎりまでホームで待つも西里で走る姿を撮ろうと決めていたので、泣く泣くそのまま電車に乗り込み。

 

西里駅は無人駅で普通は人がほとんどいない駅なんですが、さすがに今日は違いますね。8:10過ぎに到着した時はちらほら(これでも多い方(笑))でしたが、カメラセッティング中にぞくぞく人が増えてきました。

コスプレ親子やらSLファン+鬼滅ファンで賑わう西里駅。(これでも多い方ですよ、後ろにもまだいます)

 

普段はいない(臨時の)駅員さんに「おはようございます。気を付けて撮影されてくださいね」と声をかけられ、撮影ポイントが決まらず、目の前をうろうろされる方たちに「早く落ち着いてくれないかな」と心の中で思いつつ、列車を待ちます。

近くでケータイ電話をされてた方から「今、熊本駅出たって」の声が聞こえて、普段はいない駅員さん(しつこい)からも「間もなく列車が来ます」とのアナウンス。身が引き締まります(大袈裟か)

 

そして・・・SL鬼滅の刃号 ついに見参!!

 

 

 

 

お供はDE10 1756 帰りはこれが牽引するそうです。

 

「無限」ナンバープレートは事前にJR九州のHPで確認してましたが、劇場版 鬼滅の刃 無限列車編の車両はデフがないやつだったので「もしかすると・・・」と不安やら期待やらでしたが、さすがにこれはそのままでしたね。

 

まぁ大大大人気映画のコラボでしかも無限列車のモチーフになったハチロクなんで、そりゃあ注目も高いのは頷けますね。しかし私はそれより久しぶりの「58654号」との再会の方が嬉しくてたまりませんでした。通過でしたので一瞬でしたが

 

あと運行は4回。すべては見に行けませんが、次はどこで撮影しようか今から楽しみです。

 

あー、もう一度肥薩線で見てみたいなぁ・・・・・

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

 

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

令和2年7月4日の熊本県南部洪水被害による人吉球磨の鉄道被害については以前からお伝えしてきましたが、今回は肥薩線球磨川第二橋梁、渡駅そしてその周辺の被害状況を見て頂きます。

被災した球磨川第2橋梁

 

まずは渡駅 駅舎自体は無事でした。

 

しかし駅舎内は天井の板が落ちて、無残な姿でした。

 

ホームの状況です。線路は流されてはいません。

 

 

渡駅から上り(小川橋梁)方向。単線からホーム跨ぎの複線になるポイント部。完全に流されています。

 

 

この日は渡駅周辺にJR職員(どこの部署の方かは分かりませんが)が視察に来ていました。

復旧のための視察であったら何よりですが・・・

 

渡駅から線路沿いの道路を上り方向に進むと茶屋踏切がありますが・・・

 

警報器が破壊されていました。

 

この道路沿いには住宅地がありましたが、あまりにも無残な状況で言葉も出ませんでした。

 

 

 

  

 

この周辺は舟戸地区といいますが、国道219号線から線路越しでこの地域を見るとこのような状況です。

 

 

 

住宅地なので人がいて当たり前のはずですが、人っ子ひとりいませんでした。これが現実なのです。

 

ここから対岸に渡る相良橋、これも崩落していました。

 

 

いよいよ第2橋梁へ進みます。状況はすでに皆様もご存じとは思います。

 

 

第2橋梁での撮影をする際に度々写りこむ紅白の鉄塔。「彼」にはこの光景がどう見えているのでしょうか

 

先ほど渡駅で遭遇したJR職員とここでも遭遇。(右側) どうか前向きに検討を・・・。

 

更に上り方向から

 

 

橋梁周辺の線路の状況。橋梁に向かう線路。完全に橋梁方向からずれています。(先の赤いのが橋梁部分)

 

橋梁に向かう線路、というか無くなってます。この先の舟戸踏切の制御箱が流されてきています。(写真右)

 

線路はあるべき所からずれています。

 

制御箱が流されていた舟戸踏切。無残な状況です。

 

現状では車での国道219号線の北上は渡駅までで、それ以降は許可車(地元民・工事車両・ボランティア)以外は通れません。今回も徒歩での撮影でした。被害は甚大ですね。

 

肥薩線復旧に関しては地元自治体がJR九州に嘆願に行った件はお伝えしましたが、民間レベルでも色々動きが出ているようです。鉄道観光案内人などの国鉄OB、旅館組合の女将で結成した「さくらの会」などが復旧に向けての陳情を行っていらっしゃるようです。

 

とにかく水害復興のあとは経済の活性化。例えばいさぶろう・しんぺいで人吉に来られた方は、人吉での宿泊費10%オフや食事に特別メニューをお出しする等、JRを活用した地域振興策を早く打ち出すべきです。肥薩線は過密ダイヤ路線ではないため、接続はどうにでもなるはずです。JRでお客様が人吉に来てもトンボ返りしているようじゃ・・・・だめです。

 

今回自治体も鉄道の重要性がよく分かったのではないでしょうか。ゆっくり鉄道で来て、人吉・球磨を堪能し、まだ鉄道でお帰り頂く、そんな鉄道と観光・温泉の町をまた目指してもらいたいものです。

 

 

今回もご覧いただきありがとうございました。

令和2年豪雨で被災された方にお見舞い申し上げます。

コロナもなかなか収束しない状況です。皆さんお体ご自愛ください。

 

頑張ろう!   人吉・球磨・芦北・八代 

祈 復旧!!  肥薩線・くま川鉄道