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     D52216が標準から切り詰めになったのは1960年頃(?)
  左上は1958/4に吹田、右は1961/8に鷹取で撮影されたもの
        




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     D51727の切り詰めデフは1964/11撮影時点で確認できます。
        




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     入れ換え機だったC58200の公式側のみの切り詰め
1971/3/14:撮影 C58200+C58364
        


今回の蒸気四方山話は切り詰めデフについての話です。

1970年前後から北海道の蒸気のデフはむざんにも切り詰められ
本来のスマ-トに見えるサイドビュ-は損なわれた。
個人的には C57あたりでは、さほど気にならないが
D51は、斜めカットのさっそうとしたデフが四角くなり形態的にも
まさしくカッコ悪くなった。

さて、この切り詰めは、どこが最初か・・・・
書籍中心 の考察になりますが
”蒸気機関車の角度:機芸出版社”をみると
D52216が60年代初頭の記録で切り詰めされている
1958/4に吹田で撮影されたものは標準だったのに
1961/8に鷹取で撮影されたものは切り詰めデフになっている。

さらにペ-ジをめくると
1967/1に梅小路で撮影されたD51727が切り詰めデフになっている。
説明では、積雪の害を防ぐためとなっているが
フロントデッキ上に雪が積もると煙室ドアが開けにくくなるためだろうか。
D51727については”型式シリ-ズ:D51 Vol.3”の42Pに1964/11撮影のものが載っているが、すでに切り詰められている。

このD52216とD51727が切り詰めデフになった時点では、まだ、北海道の蒸気のデフは原型だったと思われます。

二俣線無煙化最後に活躍したC58153やC58200は
公式サイドだけが切り詰めデフになっていた。
これは、構内誘導や入れ換えのとき、構内員がデフステ-を握って旗ふりをする時に安全なためと聞いた事がある。
この2両は履歴でも沼津で入れ換え専用機でもあったこと、
また公式サイドのみの切り詰めであったことを考えれば上記理由で間違えないだろう。

この四方山話は長くなりますので、今回は本州の切り詰めデフの話まで、
次回は北海道編を!